HyperLolia:InnocentHeart
−蒼い紋章−
004:Lost Emblem


ファルが旅立ってから、十日ほど経ったある日。
フリーテが予感していた漠然とした不安は、明確な現象となって現れていた。

あの日以来、彼女は毎日のようにヴィエント家に足を運んでいた。
それは残された姉妹…ロリアアイネの寂しさを、自分が少しでも紛らわせる事が出来たら…と。
こういう時の埋められない喪失感を、人一倍理解している彼女だからこその心遣いだったのだが。

「…こんにちわ」

ノックしながら少し開けたドアから、顔を覗かせる。
その先の、リビングのテーブルに突っ伏した顔がゆっくりとこちらを向いた。

「あ…ふーちゃん。今日も、来てくれたんだ」

未だ覚めない夢の中の住人のような、そんな微笑で迎えたのはロリアだった。
フリーテはおじゃまします、と言いながら部屋の中へと入っていく。

「あの、お昼もう食べてしまいましたか?」
「ううん、まだなんだ…お腹空いちゃって。あはは…」
「…そう思って、ウェンさんのお店でミートパイを買ってきました。
 一緒に食べませんか」
「ん、そうだね…じゃあアイネも呼んでくるよ」
「お茶、入れますね」
「うん」

ゆっくりと立ち上がり、揺れるようにアイネの部屋へ向かうロリアの後姿を、
フリーテはじっと見詰めていた。

(あの日以来、一回も自分で料理をしていない…。
 あんなに料理好きで、黙っていても勝手に台所に立つような、ろりあんが…)

ロリアはファルとの別れ以後、自己を見失いつつあった。
あまりに急激に変化し続けた状況に、翻弄され続けるうちに…思うように回らない思考を、
自ら停止状態に追い込んでしまったと言うべきだろうか。
穏やかで、幸せに満ちた日々を送りつづけていた「普通の少女」にとって
この体験したことの無い目まぐるしさは、日常感覚を麻痺させるに充分すぎたのは確かである。
そして、生活に充足感を得る為の媒介となっていた人物が、次々と目の前から消え去った事で、
ロリアは自分自身の存在意義にすら、自信を無くしつつさえあった。

(ファルセンティアさんは、残される者の事を考えてくれていたでしょうか…?)

今のロリアの様子を見る限りでは、彼女がミッドガルドを離れたのは間違いではなかったのか…と、
フリーテは思わずにはいられない。
家族の死や別れを糧として、さらに強くなれるほど…誰もがファルの様になれる訳が無い。
ましてやそれが、箱入りと形容して差し支えの無いロリアなら尚更である。

「フリーテちゃん、来てたんだ」
「…こんにちわ、アイネちゃん」

戻ってきたロリアの後から、ひょっこり顔を出したこの末娘にしても、同じである。
既に学校から与えられた休暇を使いきり、戻らなくてはいけないのに…ここを動こうとしない。
アイネもまた、本来の生活に戻らなくてはいけないと判っているのだが、
やはり喪失感に包まれた心を癒せないまま、理由の無い焦燥感との板ばさみ状態の最中にある。
このまま日常に戻る事に、しっくりこない何かを感じているのだ。
フリーテはこのような事態を懸念し、あるいはこの二人なら大丈夫かもしれない…とも期待しつつ、
不幸にも予想通りになってしまった事に心の奥でため息をつくのだった。

「うん、美味しいね」
「そうだねー」

二人はテーブルにつくなり、もそもそとパイを食べ始める。
フリーテはお茶を入れながら台所を見る。
昨夜、自分が用意した夕食の汚れた食器がそのままになっていた。
…綺麗好きの揃った今までのヴィエント家なら、考えられないような光景だった。

「…ろりあんが作ったパイなら、もっと美味しいですよ」
「そうかな」
「そうですよ」
「………」

はにかみながら黙ってしまうロリアを見て、フリーテは悲しくなる。
ただ起きて、食べて、寝るだけの生活…。
こんな事ばかり続けていたら、ダメになっていくのは目に見えている。
しかし…彼女らの心を励ますような力が、自分には無い事も判っていて、
それがまたフリーテの悲しみを加速するのだった。

自分もテーブルについた時、ふと、窓の汚れが目に入った。
そこでフリーテは、何もしないよりは良い…とばかりに、思いついた提案を口にした。

「…ね、ろりあん、アイネちゃん。
 これ食べ終わったら、家のお掃除…しませんか?」
「…掃除?」
「えー」

アイネが嫌そうな声を上げたのは、元々掃除嫌いだった事に拠る所が大きい。
しかし、今回はロリアもあまり乗り気でない顔をしていた。

「もう一週間近くもお掃除してないじゃないですか。私も手伝いますから、やりましょうよ」
「うん…」
「めんどくさいなー」
「まぁまぁ、そう言わずに…家が綺麗な方が、エアリーおばさんだって喜びますよ」

死者を引き合いに出すのは、少々良くないやり方だな…とフリーテは思ったが、
さすがにこれには二人とも反論の言葉が出ずに、掃除をする事に決まった。
渋々でも、たとえ強制でも、身体を動かして何かをするうちに…逆に、何かやりたいことが出来れば。
今、そうやって二人を鼓舞できるのは自分しか居ないのだから…と、フリーテは強く思うのだった。


がちゃん!

「痛っ…」
「ろ、ろりあん大丈夫ですか?!」

ロリアが台所の掃除担当になったのはいいものの…普段なら慣れっこなはずの食器洗いで
既に三枚もの皿を割り、四枚目ではついに指を切ってしまった。
この配置は失敗だったかな、とフリーテは思う。

「すぐ手当てしますから…と、指はくわえてて下さいね」
「…ふぁふ」

フリーテが手にとったロリアの親指を、そのまま彼女の口に押し込む。
救急箱を探しに居間に戻ると、暖炉の上に乗っかったアイネが大きな額を拭いていた。
それは、彼女らヴィエント家の先祖だったという、かつての「聖戦」時代の英雄。
弓騎士、ロンテ・ガーランドの肖像画だった。
実際にどんな活躍をしたのか、などはもはや誰も知らない歴史の中に埋没した時代の人物。
今ではその名すら、いわゆる歴史家やゆかりのある家の者たちしか記憶に留めない。
古の英雄像…などというものに対する憧憬は、ミッドガルドから失われて久しいのである。
それは血筋であるロリアやアイネにしても、もはや興味を持つことの無い故事に過ぎなかった。

この絵画にしても年代物だが、およそ二百年前に描かれたものであり、想像に拠る部分が大きい。
ヴィエント家としても過去に拘るでもなく、何かの折に手に入ったこの肖像画を
あくまでオブジェとして飾ってあるに過ぎなかった。

「アイネちゃん、救急箱ってどこにありますか?ろりあんが、割れた食器で指を切っちゃって…」
「救急箱?えーと、たしか…あっちの部屋の、ピアノの上だっけかな…?」

アイネが首を曲げて、隣の部屋の方を指差した瞬間。

「って…うわぁぁ!」
「アイネちゃんっ!」

バランスを崩したアイネが暖炉から転がり落ち…そうな所を、間一髪フリーテが抱き止めた。
だが…。

ガッシャァァン!

落ちる寸前に空を切った手が…例の額をはじき、
こちらは床に叩きつけられて粉々になってしまった。

「あっちゃー…やっちゃったよ…」

アイネはバツの悪そうな顔で、ため息をつく。
フリーテはそんな彼女をゆっくり床に下ろして、安心させるように言った。

「大丈夫ですよ。絵は古いものですけど、そんなに損傷してませんから…」
「そ、そうだよねぇ?」

フリーテはそっと、割れたガラスや額の縁を取り払いつつ、絵だけを手に取る。
実際にその絵の具の乗り具合やひび割れ、紙の肌触りなどを感じると…なるほど、年代物らしさを実感する。

「絵はここに置いておいて、後で額を買いに行きましょう」
「うん、そうしようそうしよう」
「ふーちゃん?今の音、何…?」

テーブルに絵を置くと同時に、ロリアが訝しげな顔で居間にやって来る。
そして、その表情はすぐに驚きに変わった。

「…な、何、これ?」
「え?」
「何ですか?」

二人は一瞬、ロリアが何を言っているのか理解できず、
彼女の視線の向かう方に同じように振り向いて、初めて驚きを共有する事が出来た。
…額の落ちた、壁の跡。
そこに白い文字で何か記号のような、図形のようなマークと…読み取れない文字が書き連ねてあった。

「な、何ですか、これ!?」
「うわ、怪しい文字がっ!」

文字はレンガの壁に鮮やかに描かれており、かつ年代を感じさせる褪せ方を見せていた。
三人は必要も無いのに警戒しながら、恐る恐るその壁に近づく。

「何でしょう、このマーク…杖、でしょうか…?」
「かなぁ…弓矢にも見えないことないけど」
「その下の文字、古代神聖文字だ…」
「アイネ、判るの?」
「学校の授業で、ちょっとかじっただけ…こんな古い字、フツーの人には読めないよ」
「この文字が読めれば、何か判りそうなものなんですが…あれ?」

フリーテはちょっと失礼…と断って椅子の上に乗り、手を伸ばしてマークの中央の辺りの壁を指で擦る。
ちょうど一つ分、レンガが抜け落ちたかのように壁の一部が空洞になっていて、
そこに代わりに填めたかのように…これまた古い木箱が納まっているのだった。

「なんでしょう、これ…」
「箱だね…中に何か入っているのかな?」
「こんな物の事…お父さんにもお母さんにも、お姉ちゃん達にも聞いたこと無い…」
「ど、どうしましょう、ろりあん?」
「………」

ロリアは難しい顔をした。
…もし、母や姉が知っていて自分に黙っていたのなら、これは触れてはいけないものなのかもしれない。
壁の白いマークも、封印のようなものなのかもしれない。
でも、そんなに危ないものだったら逆に言わずに居る方が、何かが…。
例えば、今の自分たちみたいな事態に遭った時、危険度が増すと考えるはずだ。
母や姉は、そんな考え違いをするほど浅はかな人達じゃない。
と、なると…これは家が建てられて以来、何かの理由があってここに隠されていたもので、
姉達はもちろん、ひょっとしたら母ですら知らなかった可能性があるものだ。
むろん、父は子供の頃からこの家に居たのだから知っていただろうけど…。

…色々考えはしたものの、これをこのまま見なかったことにしなくてはならない理由も無く、
また、不意に湧き上がった好奇心を抑える要素も何も無く、ロリアは自らの心の声に従うことにした。

「開けてみようか…何が入っているか、知らないけど」
「やったー!」

あいねが咄嗟に叫ぶ。
好奇心を抑えられないのは妹も同じだったようだ。

「箱を傷つけないように、脇のレンガを少し崩してから抜き取りましょう」
「うん、お願い」

フリーテが持ってきたハンマーで器用に壁を少し割って、そこから手を入れると
箱はあっけないほど簡単に取り出すことが出来た。
それをテーブルの中央に置いて、三人が取り囲むようにじっと凝視する。

「…箱自体に封印のようなものは無いですね」
「何が入っているんだろ」
「ね、私が開けてもいい?開けてもいい?」

怖いもの知らずはこういう時に助かる、と二人は喜んでアイネに「開封人」の座を譲った。
ついでに、そのまま一歩後ずさったりもした。

「中は何だろなー♪」

そんな姉たちの思いも知らず、アイネは喜色満面で箱に手を伸ばし、
かつ、彼女らしく何の感慨も残さない勢いでそれを開いた。

「うりゃ!」

木箱の蓋は音も立てずにあっさりと開く。
それを覗き込むアイネの背中を後ろから見ている二人は、恐る恐る近づきながら声を掛ける。

「アイネ…だ、大丈夫?」
「な、中は何なんですか?」
「んー…こんなのが、入ってたけど」

声に振り向いたアイネの手には、中央に宝石があしらわれたアミュレット(護符)があった。
蒼く染め抜かれた布地は金糸で彩られ、その紋様は壁に描かれたそれと同じものである。
宝石は白く濁った見たことも無い鉱石で、鈍い輝きを発していた。

「これは…何と言うか、年代ものの雰囲気がありますねえ…」
「っていうか、結構ボロいよコレ」
「この中央のものは…宝石…というより、鉱石でしょうか?」
「何かいわくのあるアミュレットなのかな…」
「なんだかなぁ…お守りなんて、私の趣味じゃないや。お姉ちゃんにあーげるっ」

と、アイネは無造作にそれをロリアの方へ投げた。
突然放り投げられたことに驚き、両手で慌ててそれをキャッチする。

「もうっ、乱暴にしちゃだめ…!?」

そう言い掛けた時だった。
ロリアの両手に収まったアミュレット…正確にはその宝石から、突然、眩いばかりの光が溢れ出した!

「きゃあっ!?」
「な、何ですかこの光…!?」

三人が驚いたのは、光の眩さだけのことではない。
それは何か圧迫するような存在感と熱を放ち、まるでそういう「生き物」が現れたかのような、
今まで感じたことの無い感覚を憶えさせる「光」であった。

「な、なに…これ…!」

ロリアはその手から、アミュレットを離そうとするが…離れない。
眩さに目を細め、それでも必死に自分の手を凝視する。
自分の右手の親指…そう、ついさっき切ってしまった傷口が、宝石に触れて同じように光っている。

(血が…まさか、このせいで…!?)

得体の知れない古いアミュレットに、血を必要とする何らかの呪術が仕込まれていたのだろうか。
偶発的とは言え、それを自分は発動させてしまったのだろうか…?
普通のロリアなら、事態の成り行きに不安で脅えてしまうはずの瞬間に違いなかった。
…だが、彼女は不思議とそうは感じなかった。

(禍々しきものならば、こんな暖かい光を出すはずが無い…)

それは勘と言うより希望的な考えでしか無く、正体についても何の説明にもなっていないのだが
自分なりの正しい認識としてロリアは自然に受け入れていた。

「光が…!」

フリーテの声にやや先んじて、光の色が変わっていく。
眩いだけの白い光は、海を思わせるような蒼い光へと。
それはロリアの手を中心に、部屋をゆっくりと染め上げ、穏やかな輝きで三人を包み込んだ。

「うわぁ…」

その美しさに、アイネが嘆息の声を漏らす。
三人がその幻想的な光に見とれている中、アミュレットから再び一条の白い光が昇る。
それは拡散することなく、まるで生物のように蒼い光の海を舞いながら、やがてひとつの文字列を為した。

「…わっ、また古代神聖文字だ」
「アイネちゃん、読めませんか!?」
「無理だって!千年前の言語だよ?…そもそも、解読できてない文字だって多いんだから!」
「千年前…まさか、このアミュレットは聖戦時代のものなのでしょうか…!?」

(千年も昔の護符が、目の前に存在して…今、何か秘められた力を発動させている…!?)

フリーテがにわかに受け入れ難い現実に、息を呑んだ瞬間。
光の文字は蒼い光に、すっと溶け入るようにかき消えてしまう。
また、部屋を包み込んだ蒼い光そのものも、螺旋を描くようにしながらアミュレットへと吸い込まれていく。
そして呆然とした三人が、ようやくその護符から顔を上げて互いの表情を見ることが出来るまでには、
しばらくの時間を必要としたのだった。


「…結局、これ何なんだろ」

かちゃかちゃと、フリーテが食器を洗う音を聞きながら、
ロリアは星の瞬く窓辺によりかかって、手にしたアミュレットに視線を落とす。

そもそも家の壁に、隠してあったという所からして謎である。
例えば、高僧の作った護符を家の護り札として壁面に埋めた…とか、そういう事なら合点がいく。
これは後でフリーテがそういう慣習もあることを思い出したのだが、もし最初に気付いていたら
壁から取り出そうなんて事は無かったかもしれない。
そして今となっては、そんな生半可なものでないという事だけは、良く理解できている。

もう光を溢れさせたり、手から離れない…といったような事は無く、少し古ぼけている以外は
デザインこそ変わっているものの、何処の教会にもある普通の護符にしか見えない。
そして、あの謎の現象以降…白く濁っていただけの宝石部分は、あの時溢れた輝きのように
蒼く、高貴な光を放つ美しい宝石へと変貌を遂げていた。

「うーん…」

暖炉の前では、アイネが自前のノートを持ってきて例の古代神聖文字を必死に書き写していた。
文字にしては象形的な部分も大きく、それが書き手の癖かそういう文字なのか判らない以上、
そのまま書き写すしかなく、作業は難航を極めていた。

「とりあえず…判っている事からまとめませんか、ろりあん」

台所から紅茶のセットを持ってきたフリーテが、テーブルに座ってロリアを促す。

「まず、その護符はかなり古い時代のもの…。
 もしかしたら、千年前の聖戦時代から存在するものかもしれません」
「千年なんてちょっとピンとこないけど、相当古いものだってのは私も判る」
「壁の紋様、護符そのものの装飾、光の中で浮かんだ文字…。
 全て、千年前に使われていたという古代神聖文字で書かれていました。
 私たちが普段使う、通称ルーン語やルーン文字はおよそ三百年前に確立されたと言いますから…」
「少なくとも、それよりは前の時代のものって可能性があるよね…」

たかが十六年しか生きていないロリアには、途方も無い年月としか思えなかった。

「そして…これはそこらにあるような、ただの護符ではないです」
「…うん」

真面目くさって言うフリーテに、ロリアは思わず笑顔になる。

「白から蒼へ…あの光には、一体どういう意味があったんだろう」
「それは判りませんけど…それよりアミュレットが発動した理由から、順番に考えていきましょう。
 まず、何故ろりあんが手にした瞬間、輝きだしたかです」
「うん」
「箱を開けた時や、あいねちゃんが手にした時は何も起こりませんでした。
 では…ろりあんが手にした時、何か特殊な状況であったか…なのですが」
「やっぱり、血…なのかな」

ロリアは昼間、食器を割って切った親指を見る。
フリーテがしてくれた包帯は、傷の程度より大げさにぐるぐる巻きになっている。

「血によって発動するという術式は、古来珍しいものではないです。
 ただ、私が思うのは…あるいは、ろりあんの血筋も関係があるのかもしれません」
「私の、血筋?」
「英雄ロンテの血…ですよ」

フリーテは新しい額に収まり、玄関脇を新しい居場所とした英雄ロンテの絵を指差す。

「私も先刻、額に入れる時になって初めて気が付いたんですが…。
 あの絵のロンテの胸に下げられているもの、判りますか?」

ロリアは必要以上に目を凝らして、その絵を見る。
…間違いなく、その絵の首に下げられた護符は、今ロリアが手にしているものと同じであった。

「うわ、気付かなかったよ…でも、それが血筋と関係あるかもって言うのは難しくないかなぁ?
 この絵自体が二百年ちょっと前に描かれたもので、実際のロンテを見て描いた訳じゃないし」
「でも、何の関わりも無く描かれている…という訳でも無いと思いませんか?
 もしかしたら…それは本当に千年前、ロンテが身に付けていた護符なのかもしれませんよ」
「あはは…ふーちゃんは以外に、ロマンチストなんだねぇ」

ロリアが可笑しそうに笑う。
フリーテ自身も、半分冗談で言ったつもりだったので一緒に笑った。

「血はともかく…ちょっと、貸してくれますか?」
「うん」

ロリアから護符を受け取って、フリーテはそれを手のひらに載せる。
すると…先ほどまでこうこうと蒼く光輝いていた宝石部分が、まるで命を絶たれたかのように
最初に見た時のような、白く濁った石に変わってしまった。

「これは…ろりあんが手にしていないと、反応しないんですね」
「うん、さっきアイネに貸した時もそんな風になってたよ。アイネだって、ロンテの血筋のはずなんだけどね」
「あの光の現象は、護符が所有者をろりあんと認めたの証なのかもしれませんよ。
 その条件として、血筋が一つに入っていたのではないかと…。
 昔のマジックアイテムには、そういう慣習があったと言いますし」
「所有者って言っても…これ持ってると、何かいいことがあるのかな?」
「さあ、それは判りません」

フリーテはにっこり笑って、そう言った。
この護符が出てきて…何か、ロリアもアイネも空ろだった瞳の輝きが戻ってきたような気がして。
あるいはこうなることは、必然のようなめぐり合わせでは無かったのかとさえ思ってしまう。
とにかく、それがどういう意味を持つかは判らずとも…少しだけ活気の戻ってきたヴィエント家。
その事実だけを、フリーテは嬉しく思った。

「よぉし、書き写したー!」

と…突然アイネが声を上げて飛び跳ねる。
にこにこ顔で、壁の古代神聖文字を模写したノートを二人に見せた。

「わぁ、良く書き写せたね」
「書き写したこれ、どうするんですか?」
「どうするって…」

アイネは少し、気恥ずかしそうに頭をかく。

「が、学校に戻って調べてみるよ…そういう専門書もありそうだしさ」
「アイネちゃん、学校に戻るんですか!?」
「そこだけ繰り返し聞くことないじゃん…」

彼女にしてみれば、この家に後ろ髪惹かれまくる自分をなんとか学校へ戻らせる理由が、やっと見つかったのだった。
それは寂しくもあるが、やはり現状も良い状態とはとても言えず、アイネ自身もそれは判っていたのだ。

「何か、面白くなってきたね」

くすっ、と笑ったロリアの手のひらの護符…蒼い紋章が光る。
目まぐるしく、急激に変化し続けている自分たちの周囲の状況。
今だ変化の渦中にある事に、三人とも気付かずに…ただ、無垢な微笑を交わしていた。


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