HyperLolia:InnocentHeart
−それぞれの戦場−
011:Adventurer's front


ロリアフリーテオリオールの三人がイズルードからアルベルタを目指してから、一週間が過ぎようとしていた。
本来なら既にフェイヨンを経由してもいいような日数が経っていたのだが、
急ぎの旅でも無し、それよりも冒険者生活の基本をしっかり身に着けたほうがいい…との
オリオールの進言により、遅々とした旅路となっていた。

「…あっ!」

矢が目標を外し、樹の幹に突き刺ささった。
時に人を絞め殺すと言われる巨大な蛇…スネークは、鎌首をもたげてロリアへと迫る!
バックステップで距離を取ろうとするが、間に合わない。

「はあっ!」

森がちな地形を利用した奇襲に、スネーク動きが一瞬硬くなる。
草木を掻き分けながら迫る姿…差し込む陽光にぎらり、と光る鋳鉄の塊。
ザンッ!!

「しまった!?」

振り下ろされたフリーテの刃を俊敏な動きでかわし、するりと樹に巻きついて登る。
上空から飛び掛ろうという魂胆だ。
ドシュッ!
だが、今度こそ狙いをつけた…ロリアの放った矢が、その胴体に突き刺さり、貫通する。
しかし、決定打にはならず攻撃を止める気配も無い。
ダメージを感じさせない動きをさらに早めたスネークは身体を槍のように尖らせ、
フリーテへ向かって勢い良く飛び掛った。

「くっ!」

その牙を、ブレイドの刃を立てて受け止めるフリーテ。
激突の勢いに体勢を崩さないように踏ん張るが、柄を握った右腕に痺れが走る。
反撃の用意は、まだ整っていない!
それを知ってか、スネークは牙を突き立てるべく再度鎌首を持ち上げる。
ダンッ!ダンッ!!
その大きく開いた口へ、フリーテを捕らえた目へ。
連続して放たれた矢は的確に目標を貫いた。
…そして、巨大な蛇は断末魔も無くその身を横たえ、動かなくなる。

「ふーちゃん、大丈夫!?」

駆け寄り、心配そうな顔を見せるロリア。
安堵を誘うかのように微笑みで応えたフリーテには、実際怪我らしい怪我は無かった。

「…ろりあんの弓の腕、すごく上達しましたね。
 あの距離からスネークの頭を捕らえるなんて」
「ぐ、偶然だよ…最初は外しちゃったしさ」
「いや、確かに成長しているな…もっと自信を持って良いのではないか?」

と、それまで二人の戦い振りを見ていたオリオールが近づく。
彼女らの手に負えない敵があれば、自分も参戦するつもりで用意をしているのだが、
時に危ういことはありつつも、これまで彼が助太刀するような事態は無かった。

「本当ですか、ありがとうございます!オリオールさん」
「基本は慌てず冷静に、集中力を高めてよく狙うことだ。
 特に混戦、乱戦になればなるほど誤射の可能性が増える。
 今のうちに目標を確実に捕らえる目を養えば、後々必ず力になるだろう」
「はい!頑張ります!」

オリオールのアドバイスは的確で、戦闘の度に受ける指摘を素直に聞いてきたロリアは
次第に実力を開花させ、弓の腕も身のこなしも格段に上手くなりつつあった。
またオリオールの助言も、ロリアの能力を見越した戦闘術を踏まえてのものであり、
その的確さゆえに彼女の著しい成長を促したと言っても良い。

「フリーテ…前も忠告したが、君の戦い方は両手剣のそれに近すぎる。
 剣で防御をしては、盾を持つ意味が無い」
「そんなの、判ってます…でも、私も前に言いましたよね。
 私は騎士様に指南役をお願いした覚えはありません…放っておいてくれませんか」
「うむ、そうだったな…今のは独り言だと思ってくれたまえ」
「なら、結構ですけどけど」

逆にフリーテは、オリオールが良かれと思ってアドバイスしてもこの調子で、
我流の剣術はいつまでたっても洗練される兆しが見えなかった。
むしろ、彼に欠点を指摘されることでフリーテは逆に意固地になってしまい、
自分の戦い方を改めようとしなかったのだ。

「もう、ふーちゃんったら…オリオールさんは親切で言ってくれているんだよ」
「それも判ってます。
 でも、余計なお世話です」

すまし顔で眼鏡を拭くフリーテに、ロリアは小さな溜息をついた。

「さて…明日は本格的に森の深部へ入ることになる。
 不測の事態に備える意味でも、時間的な余裕を持って進みたい。
 よって今日はここでキャンプ、明朝発にしたいと思うのだが…どうだろうか?」
「異議なーし!」
「それで構いません」

オリオールは頷くと、エクセリオンの背負った荷物を降ろし始める。
ロリアは降ろされた自分の荷物から、バナナジュースを取り出して口にした。
フリーテも近くの岩に腰を下ろし、戦装を解除していく。

「あ、そういや今日の食事当番は私だった!」
「ふふ、腕の見せ所ですね」
「材料が日持ちを良くする為に、塩漬けか乾燥してるかのどっちかなんだもん。
 美味しく食べるのにも苦労するよ…」
「そういえば、西側にある崖の下には川が通ってるみたいですよ。
 上手くいけば、魚が捕れるかもしれませんね」
「あ、それはいいね!
 オリオールさん、釣り竿とか持ってるかなぁ?」

…と、ロリアの視界にオリオールが居ない。

「あれ?」

エクセリオンの荷物は、いつのまにか全部降ろされていた。
周囲を見回すが、その姿は見えない。

「どこいったんだろ…私、探してくるね」
「いえ…私が探してきますから、ろりあんは食事の用意を」
「うん、判った」

フリーテは盾を置き、ブレイドだけを腰に下げて森の東側へと踏み入った。


ゆっくりと草木を踏み分けながら、周囲に気を配る。
ここ数日の間にも時々、オリオールはこうやって姿を消す事があった。

ロリアはともかく、フリーテはもちろんこの行動も訝しげに感じている。
今まではすぐに気配を悟られて、オリオールが素知らぬ顔で現れて終わることが多かった。
何をしていたかと聞けば『君らにもある生理的欲求を解消していた』などと言ってはぐらかす。
今度こそ出し抜いてやろう…と、フリーテはいつも以上に静かに、ゆっくりと歩みを進めた。

「…しかし…」
「!?」
(声が聞こえる…!)

まさか、こんな場所で誰かに会っているというのだろうか?
フリーテは耳を澄ましながら…木々の隙間に視線を投げて、その姿が見える位置を探す。

(…見えた!)

オリオールと…もう一人、少女だ。
フリーテと同じくらいの、短めに切りそろえられた髪。
しかし、こちらは完全な銀髪で、木漏れ日を反射して眩しいくらいに輝いている。
幼さを感じさせる顔だが、理知的な紅い瞳はどこか鋭さを湛えている。
服装のみで判断するなら、冒険者…しかも上位クラスのウィザードだ。

「…まさか君が来てくれるとはな、シルバー
 これで、私も安心できるというものだ」
「オリオールも元気そうで、何よりです」

悪戯っぽく笑うウィザードを見ながら、フリーテは驚きに声を出しそうだった。

(シルバー!?まさか、あれが…炎の悪魔?)

冒険者の中にはその功績・活躍・強さに、いつしか伝説に近い語り草となった者達が居る。
彼らの本名は意味を為さず、ただ『通り名』だけが永遠に語り継がれた。
それだけに自称・後継者が現れる事も頻発するが、実力が伴わない者はすぐに淘汰される。

…冒険者も有名になればなるほど、魔物以外の敵が増える。
個人が有するには強大すぎる力、武勇伝からなるカリスマ性…王国という統治組織には疎ましいもの。
そして、彼らが継承し蓄えつづけていると言われる膨大な個人資産。
また、身に着けている物も古代の魔力を帯びた貴重な装備である事が多く、
追い剥ぎ・野盗の類から犯罪冒険者まで、それ目当てに狙う者も多い。
いたずらに『通り名』を名乗る事は、力の無い者にとって自殺行為に等しいのである。

フリーテがイズルード滞在中に聞いた話では、現在『通り名』で呼称される冒険者の中で
存在が確認されており、自称に恥じない戦力を有する者は…この地上に十二人しか居ないという。
…そのうちの一人が『炎の悪魔』シルバーと呼ばれる、女魔導士。
本名は誰も知らない…シルバー、或いはシルバー・ゴースト、シルバー・デビル等とも呼ばれている。
火の精霊魔法を縦横無尽に駆使し、ある時は星すら空から墜とす、全てを焼き尽くす悪魔…。
だが…実際の姿は、ロリアやフリーテとそう歳の変わらない少女にしか見えない。
そんな冒険者を目の当たりにするのは何時の日になるかと思っていたフリーテだが、
まさかこんな形で見る事になるとは、想像もできなかった。

だが、もしかしたらそこに居るのは偽者かもしれない…と一瞬思う。
が…本物のシルバーの存在が確認されている以上、名前を騙るのは危険すぎる行為だし、
こんな森の中の二人きりの会話で、その名が出る必要性が無い。
何より、オリオールという人物が『通り名騙り』の冒険者と通じている…というのは、
彼を警戒しているフリーテでも受け入れ難い考えだった。

…そう考えると、尚更気になる。
そんな凄まじい異名の冒険者とオリオールが…こんな所で密会して、何を話しているのか。

「…それと、アルベルタに着いたらもう一つ頼みがある。
 エディ・メルロムという少年が随分前に商人を目指して、かの町を訪れたはずだ。
 彼の消息を調べて貰いたい」
「いいです、けど…ロスト・エンブレムの探索後になりますよ?」
「ああ、それで構わない。
 かのエンブレムを盗んで逃げ去った賊達が、人質にしていた少年なのだ。
 無事ならそれで良いが、せめて生死だけでも確認しておきたい」
「むーん…相変わらず苦労性ですね、オリオールは。
 ま、紋章の事は私に任せて、たまにはゆっくり旅でも楽しみなさいな」
「そうさせて貰いたい所だが…こちらはこちらで、気を抜けない旅になりそうだ」
「アズライト・フォーチュンですか…。
 エンペリウムが胎動しているなら、遅かれ早かれアルビオンには気付かれますね」
「うむ…シュトラウトの出方次第だが、マスターの資質を見ようと一度仕掛けてくるかもしれない。
 それまでは、彼女と紋章を守らなければ…」
「卿には報告しておきます…が、何とも話し辛い事ですね、これは…」
「ああ…」

フリーテは小さな声を必死で聞き取るが、意味の判らない単語の羅列に眉をひそめる。

(アルビオン…って、国王直属の親衛隊の事?
 王宮警備の兵が、何故冒険者に関わってくるのかしら…。
 それと…アズライト・フォーチュンって…確か、昔エアリーさんに聞いたことがある。
 千年前にロンテが率いて戦った騎士団の名前だったような…。
 ということは、まさかあのアミュレットは…!?)

と、その瞬間。
シルバーの視線が、フリーテを射抜くように向けられた!

(!?)

自分と同じ歳くらいの少女が発する、視線の威圧感に…身動きできない。
しかし…視線を逸らせば、その瞬間魔法に襲われかねない『殺気』も感じ、
既に距離の面で分が悪いフリーテには、弱気になる事も許されなかった。
もっとも、たとえ彼女が先手を取ったとしても『炎の悪魔』相手に勝機が薄いのも判っていたが…。

だが、この短い睨み合いはフリーテの勝利で終わる。
シルバーは目を伏せると、ただ口元に笑みを浮かべた。

「シルバー?」
「…さて、貴方も待たせている人が居るようなので、私はこれで。
 一足先にアルベルタへ行かせて貰いますよ」
「ああ、わざわざ済まなかった」
「良い旅を、オリオール」

にこっ…と、見た目の歳相応さを思わせる笑顔を見せたのは、シルバーなりのサービスだったのかもしれない。
片手を上げると、その指先から光が漏れ…全身を包んでいく。
光のカーテンが取り払われた時、シルバーの姿は消えていた。
オリオールが彼女の転移魔法を見届け、きびすを返したその時…。
ガシャッ!
…剣を抜いたフリーテが、行く手を阻むかのように仁王立ちしていた。

「…聞かせて欲しいことがあります」
「驚いたな…今回の気配の消し方は見事だった。
 シルバーめ、知ってて黙っていたな」

可笑しそうに微笑むオリオールとは裏腹に、彼を睨むフリーテの目は厳しくなる。

「返答次第では…判ってますよね?」
「できれば、私は君と戦いたくないな…ロリアも悲しむだろう。
 仕方あるまい…何を聞く?」
「…シルバーとは、あの『炎の悪魔』ですか?」
「彼女は正真正銘…本物のシルバーだ。
 その実力も、噂通りに受け取って貰っていい」
「彼女との関係は?」
「古い友人だ」
「………」
「彼女だって、人間だ。
 私のような普通の友人の一人や二人、居てもおかしくあるまい」
「普通、ね…まあ、いいでしょう。
 では、ロスト・エンブレムとは何ですか?
 アズライト・フォーチュンとは…ろりあんの、あの護符の事じゃないんですか?」
「うむ…黙秘権を行使したい所だな」
「ダメです」

フリーテの手にしたブレイドの刀身が、ぎらりと光る。
その剣先は、一歩踏み込めばオリオールの首を貫く位置へと掲げられた。

「聞けば、君も『この件』に無関係ではいられなくなるかもしれない」
「ろりあんは、どうなのです?」
「…残念ながら、彼女はむしろ当事者だ。
 今は何も知らなくても、いずれ立ち向かわなくてはならないものに気付く事になる」
「ならば、是非もありません。
 私の剣は彼女と共にあり、守る為にあるのですから」
「そうだったな…ならば、話そうか」

オリオールは口元を引き締めると、静かに語り始めた。

「千年前…『聖戦』時代の騎士団が使用した紋章、それがロスト・エンブレムだ。
 もっとも純粋なエンペリウムにより、様々な超常の力を宿していると言われるマジックアイテム…。
 今の王国が管理運営している冒険者ギルドのエンブレムは、この頃の契約様式を模している。
 契約に使用されるエンペリウム自体の力は、聖戦時代の物とは比べ物にならない位弱いがね」
「…その、力とは?」
「詳しいことは、判っていない。
 ただ…我々の知る精霊魔法や神聖魔法などとは、まったく別種の力のようだ」
「アルビオン…王国親衛隊が動いている理由はなんです?」
「紋章を回収して、王国の意図とは別に…それを研究し、何かに利用しようとしている。
 親衛隊長シュトラウトの下、既に五つのロスト・エンブレムが彼らの手に落ちた。
 私は彼らの陰謀に危惧を感じた者たちと連携を取り、それを渡すまいと戦っている。
 シルバーも私達に協力してくれている者の一人だ」
「渡すまいと…?
 貴方たちはエンブレムを手に入れて、その力を利用しようとする者ではないのですか?」

オリオールはゆっくりと首を振る。

「違う…我々はその秘められた、強大な力を悪用されぬよう…。
 全てのエンブレムを集め、できればこの世から葬ろうとしている」
「…まあ、回答としては及第点ですね。
 それでは、ろりあんの持っているあの護符は?」
「本物のロスト・エンブレム…弓騎士ロンテのアズライト・フォーチュン。
 元々、私はそれを探索する為にフェイヨンのヴィエント家へ立ち寄る為に旅をしていた。
 だが…紋章は、偶然出会ったロリアが手にしていた」
「…それを狙って、ろりあんに付き纏うのですか」
「心外な言われ様だな。
 …私は、紋章がアルビオンの連中の手に渡らなければ、それでいい。
 ロリアが旅の御守りとして大事にしてくれるなら、それで構わないのだ。
 だが…遅かれ早かれ、彼女と紋章の事は連中に気付かれるだろう。
 だから、急がねばならない…彼女が自力で紋章を、自分の身を守れるような戦士に育つように」
「…仮にも王国の親衛隊が、一介の冒険者を襲うと言うのですか!?」
「ああ…にわかには信じられないかもしれないが。
 アルビオンは国王ではなく、シュトラウト卿の親衛隊だ。
 彼の命令があれば、勅命を騙ってでも人を殺す…そういう連中だ」
「………。
 最後に、一つ教えてください…ろりあんの護符を狙う、二つの勢力。
 ひとつはシュトラウト卿率いる、王宮親衛隊アルビオン。
 じゃあ貴方や、炎の悪魔を動かしているのは誰なのです?」
「それは…」

…不意に、オリオールの身体が揺れて、、フリーテの掲げた剣先を弾いた。

「!?」

話に気を取られ、集中力を欠いたフリーテは隙を突かれた。
剣先を向け直すより早く、素早く近づいたオリオールの手が彼女の腕を押さえつけた。
腕力の差は歴然としており、フリーテの右手はぴくりとも動かすことが出来ない。

「悪いが、それはまだ…言えない。
 時期が来れば、必ず話す…それまで、待って貰えないだろうか」
「………」

立場が逆転し、フリーテは歯軋りするしか無かった。
…だが、オリオールはそれだけ言うと、簡単にフリーテを解放する。
軽い痺れを感じる右腕を、持ち上げようとするが…既にこの『勝負』は終わったのだと、
彼女は良く判っていた。

「…いいんですか。
 私は今、ここで貴方を斬ろうとしているかもしれないのに…」
「君は、斬らない。
 それが不条理だから、自分の意に添わないからと叩き壊す事を選択するような人ではない。
 理由を、真実を求め、見極めなければ気がすまない…そういう娘だ。
 だから…今は私を斬る気は無い、そうだろう?」
「随分都合のいい解釈ですが…概ね当たり、という事にしておきます」

フリーテは不機嫌そうに言いながら、ブレイドを鞘に収める。
オリオールの言う事が本当なら…王国親衛隊、という強大な敵に狙われている事になる。
ならば…ロリアを守る為にも、もっと強くならなければならないのが必然と思える。

最悪、彼女の身の安全だけを考えれば、護符を始末してしまえば良いのだが…。
あの護符の導きが旅立ちのきっかけの一つ…とロリアが思っている以上、
現状では両者を引き離すように説得するのは難しいし、かと言って事実を全て話しても
要らぬ心配に脅えさせるだけかもしれない。

そう考えれば、全てを黙してロリアの守護に就いた…そういうオリオールの行動を、
フリーテは初めて理解できるのだった。

「フリーテ、この事はロリアには…」
「判ってます…ろりあんに言えませんよ、こんな事」
「すまない」
「それより、早く戻りましょう。
 魔物が少ない森とは言え、一人で残したままなのは不安です」
「うむ、そうだな」

フリーテを先頭に、二人は森の草木を掻き分けながらロリアの待つキャンプへ向かう。

「…騎士様」
「何か?」
「さっき、私が剣を構えていた時…いつでもああやって、脱出できたんじゃないですか?」
「そう見えたのかね?いや、実際君には隙が無かった。
 あれだけ長話を重ねなければ、機会を伺えないほどにね」
「………」

…いや、違うとフリーテは思う。
オリオールの戦闘能力なら、いつでも自分の刃から逃げることが出来た。
自分が絶対に斬らない…そう思っていたなら、尚更だ。
ならば、何故早々に緊張を解かずに…紋章や親衛隊、炎の悪魔の話を自分に聞かせたのか?

アズライト・フォーチュンを持つ者としてのロリアを守る事の、意識を高めさせる為か。
一緒に旅をする者の中に、事情を知る者を置いて今後の事態に備えるためか。
自分がオリオールに向ける嫌疑の目を、少しでも和らげたかったのか。
…どれも理由のような気がするし、どれも違うような気もした。

(…難しい事は考えない。
 いずれ、ろりあんにも真実が明かされれば…後は彼女が決断すること。
 私はそれに着いていき、守るだけ…!)

決心も新たに、フリーテは一人頷くと…もう一度、オリオールを振り返った。

「…言っておきますけど、騎士様の事を信用した訳じゃ無いですから。
 むしろ、まだ隠してる事多そうで怪しいです」
「気持ちは判らないでもない。
 だが、私の正体が何であれ…ロリアは君が守る、そうだろう?」
「………!
 そ、そういうことですっ!」

先に言いたいことを言われ、フリーテは鼻息を荒くしながらキャンプへと早足で向かう。
オリオールは自分の前で頑なに『戦士』を演じてきた少女の、歳相応の自然な反応を
初めて引き出したような気がして、不意に笑みを零してしまう。

「ふーちゃーん!オリオールさーん!」

森の開けた所で、ロリアが嬉しげに手を振っていた。

(こんな冒険旅行が…いつまでも続けられると、いいのだがな…)

オリオールは、この少女達にいつか訪れるであろう…激しい戦いの日々を思い、
小さく深い溜息を隠さねばならないのだった。


ミアンはプロンテラ西部を一通り回り、自分の実力の向上を確認出来たところで、
次なる狩場を目指していこうと旅の計画を考えていた。
首都プロンテラは人口もさることながら人種、職業も様々に入り混じってどこも活気で溢れている。
冒険者の存在にも寛大な街だが、流石に表通りは武器を隠さなければ歩けない。
ミアンは新しく入手した弓…グレイト・ボウの弦調整を今夜の宿で行う事にし、
布袋に包んだまま街を歩いていく。

小じゃれたオープン・カフェで二人の剣士が談笑しているのを見て、
冒険者入店可だと知るや、早速そこに入って今後の方針を練る事にする。
ミックスジュースと、東方の国から直輸入したという肉饅頭を二個、注文した。
ハキハキと注文を受けて去っていくウェイトレスを見ると、フェイヨンで自分がアルバイトをしていた頃を思い出す。
店主の叔父さんは自分の素性を良く判ってくれて、親切にしてくれた…いい人だった。
だが、他のアルバイトの同僚や、一部の客は…自分が『あの』バウアーの娘だと知るや、
露骨に距離を置いた…少なくとも、ミアンにはそう感じられた。
それでも必死に笑顔を、愛想を振り撒いて、自分を認めて貰おうとしていたあの頃。

「くだらない…」

卑屈になっていた昔の自分を思い出すと、腹が立つ。
何故、自分が腰を低くしてまで世間様に擦り寄ろうとしなければならなかったのか?
…それは、弱かったからだ。
力も、発する言葉も、手にする能力も無かったから…。

「強くなるわ、必ず…」

袋に包まれた、新しい得物をぽん、と叩く。
冒険者としての生活は順風満帆。
確実に力を付けている事を実感できるし、この弓という武器と自分の相性も悪くない。
強いて言えば矢を用いるために荷物が多少増え、野外での滞在時間が短めになるのが難点だが。
それでも概ね予想通りか、それ以上の成果を出しつつ送る冒険者生活に、ミアンは自信を感じ始めていた。

プロンテラから北…山脈方面の地図を開き、モンスターの分布とキャンプ拠点をチェックする。
次はこの地方へ赴き、凶暴・大型化しているという昆虫達を相手に自分の力を試すつもりであった。
と、その時ウェイトレスが現れ、注文の品をテーブルへ置いていく。
ミアンは届いたジュースを一口飲んで…。

「美味しいっ」

そう、思わず呟いた。
やはり野外で飲む携帯用ジュースより、こうやって良く冷やされた物のほうが格別なのである。
続いて、美味そうに湯気を立てる饅頭を口にしようと…した、その時。

「………」

カフェの外側、数人の冒険者や民間人が行き交う通り。
そこをウロウロしている、身体の小さな剣士の少女。
肉饅頭を食べようと口を半開きにした姿のミアンは、一瞬…彼女と目が合った。
だが、それは一瞬で終わらずに。
…その剣士は何を思ったのか、こちらに向かって突進してきたのである。

(え…な、何?何なの!?)

戦いの時でも努めて冷静なミアンが、思わず動揺してしまうくらい…その行動は突飛だった。
その剣士はミアンの方へ駆け寄り…カフェの柵を越えようとジャンプして。
びたんっ!!
ずざーーーーーーっ!!
…柵に足を引っ掛けて豪快に転ぶと、そのままこちらへ滑り込んで来る。
あまりの事にミアンも、他の客も、店員も、その場に居た全員が凍り付いていた。

「あ…あの、大丈夫…?」

恐る恐る、そう声を掛けると…一瞬、頭がぴくりと動く。
と、次の瞬間にはがばっ!と起き上がり、大きな潤んだ瞳がミアンをまっすぐに見詰めていた。

「さっ、さが、さが…」
「…サガ?」
「探しましたーっ!!」

嬉し泣きで顔をくしゃくしゃにしながら、へたり込む剣士の少女。
ミアンは突然振って沸いた騒動に、何故自分が巻き込まれているのかさっぱり判らないまま、
引きつった笑いをするしか無かった。


「ちーん!」

剣士の少女に貸したミアンのハンカチ、ご臨終。
すっかり冷めてしまった肉饅頭を突っつきながら、溜息をつく。

「そろそろ落ち着いた…?」
「は、はい…すみませんでしたっ。
 これ、ありがとうございます」
「い・ら・な・い!あげるわよ、もう」
「いえっ…そんな、何度も物を頂くわけにはっ!」
「安物よ、気にしないで…」

と、ここでミアンは…前にもこんな会話をしたような…と思い返す。
改めて、剣士の顔を見る。
赤くなった鼻の上に、バンソウコウが貼られている…のは、ともかく。
薄茶色の髪、幼げな顔…どこかで見たことがあるような、そんな気がしていた。

「あなた、ひょっとして前に会った事ある…?」
「はいっ!お、覚えててくださいましたかっ!」

ばっ、と立ち上がって頷く剣士。

(覚えてなかったから聞いたんだけど…)
「いや、まあ、そうね…」

苦笑いをしながら、思い出そうとするが…その前に、剣士が口を開いた。

「あの時は助けていただき、本当にありがとうございましたっ!
 お陰さまであの後も鍛錬を繰り返し、本日無事に剣士になる事が出来ましたっ」
「あの時…?」
「はい!私がロッカに襲われかけて、死んだふりで何とかやり過ごそうとしている時に、
 颯爽と現れて弓とナイフの華麗な技で敵を仕留め、倒してくださいました!
 その後、武器の無い私にこれを…」

剣士が腰から外して見せたそれは、かつてミアンが使っていたカッターだった。

「あ、あの時の…あぁ、そっか!」
「はい!」
「確か、ビーフンだかアーガスだか、そんな名前の!」
ユーニスですっ!」
「ああ、そうだったっけ」

ミアンは彼女のことを、今の今まで完璧に忘れていた。
他の冒険者と馴れ合いはしない、一人でも成り上がってみせる…そう思い、実践するミアンにとって、
たまたま行きずりで出会ったノービスの事など、記憶に留める価値も無いものと決め付けられるのだった。

「へぇ、剣士になったんだ。おめでと」
「はい!ありがとうございますっ!」
「これからも頑張って、冒険者してね」
「はい!頑張りますっ!」

そこまで話すと…ミアンはもうユーニスを無視して、地図を調べ始めた。
時々、冷めた肉饅頭をかじっては肩をすくめる。

「あの…」

傍で立ち尽くしていたユーニスが、そっと声を掛ける。

「…あら、まだ居たの?何か用なのかしら?」
「は、はい。
 少し、お話したいです」

…そこにユーニスが立っている事くらい、ミアンにも判っている。
それでも必要以上に無愛想に接するのは、自分への興味を失わせてさっさと去って欲しい。
自分を一人にして欲しい…という、無言の主張に他ならなかった。

「あ、あの、座ってもいいでしょうか」
「どーぞ、私の椅子じゃないから」
「はい、失礼しますっ」

恐縮そうにミアンの対面の椅子に座り、腰の剣を外して傍の柵に立てかける。
真新しいファルシオンが、いかにもなりたて剣士だと主張しているかのようだった。

「あの…」
「なに?」

ここまで食い下がられた以上、ミアンもこのまま去るのは後味が悪く思い、
少しくらい話に付き合うのは仕方ないか…と覚悟を決めた。

「お名前、お教え願えないでしょうか。
 前に出会った時は、内緒にされてしまいましたので…」
「ああ…そう言えば、そうだったわね…」

…ミアンは名乗るのが苦手だった。
バウアーの娘、駄目な指揮官の娘、フリーテの両親を救えなかった軍人の娘…。
それを意味する自分の名前からは、一生逃れることが出来ない。
その名を聞かれ、知った時の相手の反応が怖くてたまらない。
無論、それを克服する…バウアーという名に名誉を取り戻す為の『冒険者』であったが、
まだ目的を達せられてない今は、名乗りをあげる口の重さは以前と変わらないままだった。

「私は…ミアンシア、ミアンシア・バウアーよ」
「ミアンシアさん、ですか。
 綺麗な響きの名前ですねっ」
「…お世辞はいいわ」

ミアンはふい、と横を向く。
ユーニスは自分の言葉に照れたのかな…と思ったが、
実のところユーニスがその名を聞いた反応があまりにも久しぶりの『普通』だったので、
ほっとして緩んだ顔を見せたくなかった…というのが正しかった。

「私はユーニス、ユーニス・ティアノンですっ」
「前に聞いたわ」
「そ、そうでしたね…」
「で、話っていうのは?まさか、自己紹介ごっこがしたかった訳じゃないでしょう?」
「いえっ…」

ユーニスは何か言い辛そうに、口をもぐもぐさせた後、
溜めていた息を吐き出すかのように言った。

「わ、わわ、私も一緒に、冒険に連れて行ってくれませんかっ!!」
「………」

この時ミアンは、心の底から『厄介な事になった』と思った。

(気まぐれでノービスなんか助けるから、こんな事になるのよ…。
 …って、私はそもそも助けた気なんか無いし!
 ああ、きっとあの時まっすぐに街へ帰ってれば良かったんだわ)

「………」
「…ダメ、っていうか嫌」
「そっ、そそ、そんな事言わずに!お願いしますっ!」

既に涙目で訴える姿は、子猫か何かのようだ。
それは冒険者になって、少女一人で不安も色々あるには違いない。
だが、そんなもの乗り越えて当たり前の世界なのだ…とミアンは思う。
必要以上に自立心が強いが故に、他人にもそれを要求する…それが彼女の人生観なのだった。

「足手まといにならないように、頑張って剣士になってきました!
 少しは、戦いのお役にも立てると思いますっ!」
「あなたが何になろうが、私には関係ないわ。
 私は一人で戦って、一人で勝利を得るだけよ」
「ずっと、ずっとミアンシアさんの事…探していたんですっ!
 私、こんなだから…訓練場を出るのも一苦労で、同期の皆にも置いてかれて…。
 ずっと一人で、戦ってて…誰も助けてくれなかった。
 でも、ミアンさんだけは違ったんです…私の事助けてくれた、優しくしてくれたから…。
 今度は私がミアンさんを助ける、力になりたいんですっ」

(うはぁ、有難メーワク…)

同情をさそう苦労話でも何でもない、訓練場時代からお荷物状態な冒険者だと明かされれば
なおさら一緒に旅をする価値などありはしない。
足を引っ張られて、自分が危機に陥るのがオチだと思う。
ここは深く係わり合いにならないうちに、さっさと縁を切るのが上策だとミアンは判断した。

「…あなた、剣士って言ってもなりたてなんでしょう?
 私は弓を使うから前衛になってくれるような人は歓迎だけど、あなたにそれが勤まるとは思えないわ。
 だったら一人で旅をする方がマシ…正直、足手まといにしか思えない」
「そんな…私、頑張りますから!」
「口では何とでも、言えるけどね…」

…と、ここでミアンは少し意地悪いことを思いついた。

「じゃあ、あなたの実力を試してあげるわ。
 それにパス出来たら、一緒に旅をする実力があるって認めてあげる…それでいい?」
「はいっ、何でも来いですっ!」

嬉しそうに頷くユーニス。
空回りどころか、びゅんびゅん回転してそうな気合だけは素晴らしい…とミアンは思う。

「プロンテラを西に出て、地下水道入り口よりずっと北西。
 ミョルニール山脈の入り口に当たる、段差の多い平地地帯があるわ…知ってる?」
「はいっ!ノービスの頃、一度迷って行った事がありますっ」
「結構…そこに、スタイナーって昆虫型モンスターが生息してるわ。
 あれは倒すと、たまにだけど風の精霊石のカケラを落とすことがあるの」
「魔の波動を受けて凶暴化したモンスターの体内にある瘴気が、
 地場の精霊の力を受けて変化した…元は、魔瘴石って呼ばれてる物ですね」
「そう、良く知ってるわね。
 アレが落とすのは、通称ウィンド・オブ・ヴェルデュール。
 それを手に入れられたら、認めてあげるわ」
「ほ、本当ですか!」
「こんな事で嘘なんかつかないわよ…但し、期限は明日一杯ね。
 私もヒマじゃないから」
「わかりましたっ!」
「明日には私、ミョルニール山脈へ向かうつもりだから…。
 もし、あなたがカケラを手に入れることが出来たら、山脈の入り口で待っていればいいわ。
 …無理だったら、もう今後会うことはしない…いいわね?」
「はいっ!必ず、ご期待に応えてみせますっ!
 それでは、また明日です!」

ユーニスはぺこりとお辞儀をすると、一秒でも惜しいかの如く、プロンテラ西門へ向かって走り去ってしまった。

「…私が何を期待してるか、判ってるのかしら」

山脈の入り口と言っても、そこはもうロッカの居た平原とはまったく様相が異なる。
スタイナーを始め、強力な攻撃力を持った甲虫・ホルンや、グラスウルフも少数ながら生息する。
今のミアンでも、充分な警戒が必要な場所だ。
剣士になったばかりの彼女では、恐らくそのうち一体と交戦しただけでもすぐに限界が訪れるだろう。

(ま…怪我しないうちに、逃げてくれればいいけど)

まさか、自分と旅をしたいが為に命を張るまではしないだろう、というのがミアンの見解だった。
彼女は彼女のペースで冒険者をすればいいのだ。
無理に、たまたま出会った自分なんかに歩調を合わせたがる必要はない。
そして、何より自分が合わせる事が苦手なのだから。

(さて、明日出立する為の道具と食料も買い揃えないとね)

ミアンは地図を畳んでポケットに仕舞うと、ウェイトレスを呼んで清算を頼んだ。
冷たい肉饅頭を口にくわえ、荷物を背負った彼女の頭の中は、既に自分の事でいっぱいだった。


「うぉぉ…頭痛い…」

聖カピトーリナ修道院の廊下で、アイネは頭を抱えていた。
小奇麗な修道着に身を包み、見た目だけは立派なアコライトのアイネであったが、
神聖魔法の初歩を学ぶ為にこの修道院に約十日ほど、滞在しなければならなかった。

短期に基礎を学習しなければならず、密度の濃い魔法演習が行なわれる。
その為、元々頭脳労働が苦手なアイネにはこの演習、思わぬ試練となって立ちはだかった。
ここに来て三日目。
アイネは休み時間になると、海に面した広い中庭に出て、クラブを振り回していた。

「魔法もいいけど、武器を使った戦闘教練はやらないのかなぁ」

…ぶん、ぶんと唸りを上げるいかつい棍棒。
神聖魔法だけがアコライトの戦力ではない。
いざ近接戦闘になった時、戒律で刃物を使えない身には鈍器や杖が頼みの綱である。
だが、今日の冒険者の間では支援魔法を得意とするアコライト、プリーストが重宝される傾向にあり、
聖職者の直接戦闘能力…というものは求められなくなっているという事情がある。
その為、この初期講習でも鈍器を用いた戦闘教練は無くなってしまったらしい。
プリーストになれば、特に志願することで修練過程を受けることが出来るらしいが…。

「…そんなの、待ってらんないよっ」

アイネは一心不乱に、クラブを振り回す。
こうしている事が自分の力になっているか、不安は拭えなかったが…。
少なくとも、まだ使えない魔法の説明を聞いているよりは実戦に近づいているという自己満足があった。

「へぇ…いいスジしてるじゃねーか」

と、突然背後から掛けられた声に、クラブを振る腕を止める。
振り向いた先には、長身の…筋肉質な男が居た。
年の頃は、四十を越えているのではないだろうかと思う。
鋭い視線と、腰に着けた鎖の束…恐らく、チェインと呼ばれる武器だけがぎらりと光る。
そして、胸のはだけたボロボロの僧服は、聖職者と呼ぶにはあまりにも差し支えた。

「オッサン、誰?」

クラブを肩に乗せ、訝しげな顔でそう言い放つアイネ。

「おお、神よ…年長者への敬心を欠いた信徒に、救いを与えたまえ」
「そんなカッコじゃ、破戒僧かなんかにしか見えないよ」
「…んだな、俺もそう思わんでもない」

一転、快活に笑いだす男。
アイネはまだその正体を掴みきれずに、厳しい視線を崩さない。

「その格好…なりたての冒険聖職者ってトコか?
 名前は何て言うんだい、お嬢ちゃん」
「女性に名前を聞くときは、先に名乗るのが礼儀じゃないの?」
「おっと、コイツは一本取られたな!いや、その通りだ」

また、大きな声で笑う。

「俺はこう見えてもプリースト、ジスタリウス・リーヴェ・フロンテだ、宜しくな。
 親しい友人にはジスタスって呼ばれとる」
「…私はアイネリア・ガーランド・ヴィエント。
 宜しく、オッサン」

普段、呼称される事の無いミドルネーム…英雄の血筋を示す、今では煤けたこの名前も、
相手が名乗れば同じように名乗ると言う礼儀は守られつづけていた。

「おいおい、親しい友人にはジスタスだって言ったろ?」
「悪いけど、オッサンと仲良くなる趣味は無いよ」
「つれないな、俺は若い娘は大歓迎なんだがなぁ…」

思わず、はぁ…と溜息を漏らすアイネ。
容姿に加えてこの言動、どう考えてもマトモな聖職者には思えない。

「しかし…ロンテ・ガーランドの末裔か。
 それが聖職者とは、面白い娘が出てきたもんだ」
「…面白い?」
「そりゃあ、なぁ…ロンテと言えば、弓騎士だからな。
 最近は剣の家系になっちまったのかと思ってたら、いきなりアコライトたぁ…。
 どういう風の吹き回しか、是非聞いてみたいもんだね」

ロンテの名前がすらっと出てくる辺り、こう見えて結構な識者なのかもしれない。
が、それよりアイネは『剣の家系』という所に気を惹かれる。

「オッサン、ウチの事知ってるの?」
「ハハハ…ちょっと長く冒険者やってるモンなら、リーンネートの事を知ってる奴は大勢居るさ。
 ありゃあ、女だてらに本物の剣士だった。
 ただ強いだけじゃない、戦う姿が美しい…剣を愛し、剣に愛された奴だけの何かを持っていたぜ。
 今はどこへ行っちまったのか知らんが、惜しいよなぁ…何せ美人だったしな」
「…ふぅん」

ミッドガルドを去っても尚、語り草になるリーンにアイネは姉妹ながらも、途方も無い距離感を覚える。
…と同時に、姉妹の仲でも似ていると言われるリーンを美人と称された事が、ちょっと嬉しかった。

「で…アイネリア、と言ったか。
 お前さんはもしや、リーンネートの娘か何かかい?」
「妹だよ!」
「冗談だって、そんなに噛み付くなよ」

可笑しそうに笑うこの男は、どうやら人を茶化すのが趣味らしい…と、アイネは気付き始めていた。

「何でまた、聖職の道なんかに入った?」
「なんか、って言い方はマズいんじゃないの?」
「今の拝み屋なんて、ただの商人と同じよ。
 …本当の聖職者など、もう随分長いこと見なくなったからな。
 神聖魔法の意味も知らず…ただ、その奇跡を貪るだけになっちまった」
「………」
「っとと、今のは戯言だ…忘れてくれ」
「いきなり似合いもしない、神妙な顔になるからびっくりしたよ」
「まったくだ…それより、嬢ちゃんの事を聞かせてくれよ」
「んー…別に、大した理由じゃないんだけどね」

アイネはたどたどしく、かつ大雑把に今までの事を話した。
エアリーの死、ファルの旅立ち、ロリアが冒険者を目ざした事。
そして学園を飛び出した日、エリノアとの出会い、別れ…。

初対面の、しかも胡散臭い破戒僧に自分の素性など語って聞かせる理由は一つも無いのだが、
こうやって話すことで、アイネは今まで自分がしてきた事、これからしようと思っている事を、
客観的に整理することが出来た。
急かされるように突っ走り続けて、振り返る余裕も無かったんだとな…と、今更ながらに思う。

「なるほどなァ…その小さな身体で、色んな経験をしてきた訳だ。
 こいつは泣かせるねぇ」
「…どこ見ながら言ってんだ、このスケベ」

アイネは流すような視線の標的を、的確に見抜いていた。

「安心しろ、俺はそんな平べったい胸に興味ねぇからよ。
 もっとこう、掴みきれないくらいドカーンとしたのが最高だねぇ」
「言ってろ、生臭坊主め」

絶対にロリアに会わせてはいけない人種だと、アイネは確信した。

「で…冒険者になりたい心がはやって、こんなトコで鈍器の素振りかぁ?」
「別に焦ってるわけじゃないよ。
 ただ、戦闘教練が無いから物足りなくてね…」
「へーぇ…今時、直接戦闘に長けた聖職冒険者なんて、奇特が過ぎるんじゃねぇか?」
「魔法もいいけど、こっちの方がしっくりくるだけだよ。
 …それに、武器のひとつも扱えてなんぼの冒険者だと思うし」
「ふむ、面白いことを言うな…悪くないぜ、その考え方」

…と、ジスタスは腰のベルトからチェインを外す。
それは通常より三倍はあろうかという長さの鎖で、その先には鉄球が付けられていた。

「それは?」
「聖職者ご用達…我らが愛すべき鈍器、その名もチェイン」
「嘘つけ、何その鎖の長さ」
「嘘じゃねえさ、ただ…『戒律』はそれに乗っ取った上で、自分なりに租借する。
 それが美味しく食べるコツさ…ほれっ」

その握り棒の部分が、アイネ向かって投げられる。
慌ててキャッチしたそれは随分使い込まれており、握りに巻かれた布は剥がれ落ちようとしていた。

「うは、鉄臭っ」
「ボロだけどな、そいつはやるから試しに使ってみな」
「使うったって、こんなんどうすりゃいいんだか…」
「振り回すん、だよ」
「…振り回す?」

アイネは鎖を引いて鉄球を手繰り寄せる。
ずしりとした重みが、腕全体に響く。
それを、勢いつけて空へ…右手を基点に、一回転。
ぶんっ!
やがて、回る音は唸りとともに…触ららば、破壊をもたらす凶器となった。
不思議と、回転している鉄球の重さを感じなくなっていた。

「おぉ、凄えな!初めて触ったとは思えねえ。
 うん、やっぱスジがいいぜお嬢ちゃん」
「は、はは…」

誉められて悪い気はしないが…ここからどう、戦いを組み立てるかさっぱり判らなかった。

「そのままでも相手が剣や槍なら、おいそれと近づけねェ。
 攻防一体の武器って訳だな…ま、考えたのは俺なんだが、東方には似た武器もあるらしいぜ。
 確か鎖鎌って言ったかな…?」
「ごたくはいいけど、ここからどうすればいいのさー」
「あ?手ェ離せばいいだろ」
「え?」

ぱっ、と手を離してしまうアイネ。
と…鉄球は唸りを上げて、飛んでいった。
ジスタスの立つ、その位置へ…的確に頭を狙うかのように。

「あ、危ないッ!!」

バシィッ!
だが、驚くべきか…彼はそれを、片手で受け止めた。
手との摩擦で、一瞬煙が上がるほどの衝撃。
それを物ともせず、驚きの表情を崩せないアイネに向かって…ニヤリと笑う。

「どーだい、いい武器だろ」
「…え…あ、うん…何て言うか、凄い…けど」
「ま、興味があったら明日からもココにこいや。
 俺はどうせヒマしてるし、色々実戦的な戦い方…教えてやってもいいぜ」
「…ほんと?」

ジスタスはにっ、と笑うと背中を向けて歩き出す。
これだけの超実戦的な鈍器を使いこなし、あの衝撃を片手で受け止める…。
姿形こそ破戒僧のそれだが、今の聖職者達には無い…そして、アイネに必要な戦い方を教えてくれる人。
その背中を見ながら、チェインを握り締めながら、また一つ強くなれる明日の自分を垣間見たようで、
アイネは武者震いを覚えるのだった。

「…うぉぉぉ、痛ってえぇぇぇぇ!!」

…遠くで聞こえてきた情けない悲鳴が無ければ、もっと気分に浸ってられたのだが。





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