HyperLolia:InnocentHeart
−追い、駆ける者−
024:Chasers


ロリア一行がイズルードを出立してから、四日が過ぎた。
目的地であるジュノーは隣国・シュバルツバルト共和国の首都である。
ルーンミッドガッツ王国とは友好条約を結び、国民の相互交流も盛んであるのだが、
国交に関しては双方積極的ではなく、民間レベルとは明らかな温度差があった。

シュバルツバルトは、いわゆる「冒険者」の登録制度を採用していない。
これは、土地そのものが肥沃でない大陸北方にあるシュバルツバルトにとって、
食料生産力の限界から人口増加政策が取れない事を、技術力と合理化でカバーしてきたお国柄による。
敢えて言えば、素性の知れない者たちを「冒険者」などと名づけてかき集め、
対魔物の戦力として促成などというルーンミッドガッツの人海戦術は「古い」と思っているのである。
「一人当たりの戦力」に重点を置いた伝統の魔法戦士…今はセージと呼ばれる存在や、
ホムンクルスと呼ばれる人工生命体の研究を行うアルケミスト等は、かの国の戦術思想を反映した職である。
ただ、現在は相互交流の関係上、それらの職もルーンミッドガッツで「冒険者」として扱われる事を了解している。

ルーンミッドガッツにしてみれば、シュバルツバルトの企業が国内に入ってくる事で、
じわじわと経済的ダメージを受けている状況は、懸念事項のひとつだった。
進んだ工業技術による大量生産を武器に、都市圏に進出してくるシュバルツバルトの企業は、
いまだ手工芸のマイスターが中心のルーンミッドガッツにとって脅威であった。
また、国内の遠距離交通・輸送を一手に担うカプラサービスとの競合会社の進出もあり、
政治的圧力を極力抑えつつも、経済力を堅持する事が国交の最重要課題となっていた。

そんな二国の地理上の接点が、国境都市アルデバランである。
元々は現在のアルデバランよりやや北に検問が設置され、そこが国境とされていた。
だが三十年ほど前…「聖戦」時代に戦場となり、廃墟となった巨大な時計塔跡から魔物が沸きだし、
これが収まらない事から、両国の戦士達が協力して、魔術による封印を施した。
この時に行使された壮絶な魔法の影響で、アルデバラン南部は今でも草木の生えない不毛の地と成り果てている。
その後、この塔を中心に国境線を修正し、両国で監視体制を取る事となった。
やがて塔の噂を聞いた冒険者などが訪れ、いつしか自然に、街としての機能を整えていった。
ルーンミッドガッツ側で本格的な区画整備が行なわれたのは、ほんの十年程前の事で、
イズルード東部で建設中だった「塔」が崩壊した為、その予算が回った事による。
カプラサービス本社の移転に伴い、都市部の煩さを嫌った科学者や研究家が好んで移住し、
現在のアルデバランが形成されるに至る。


「…と、そんな所か」

ロリア達に長い説明を終えたオリオールはさすがに口が渇いたのか、
腰の水筒を手にして、喉を鳴らした。

一行は目的地をジュノーと定めたが、その行程について良案は無かった。
と言うのも、当然と言えば当然なのだが、オリオール以外にジュノーを訪れた経験が無いのである。
北の隣国の首都…という事は漠然と知っていても、都市の情景すら想像もできない。
結局、オリオールの唱えたプランに従い、一行は旅立つ事にした。

彼はミョルニール山脈を北に抜け、国境都市アルデバランまでは徒歩、
到着後はカプラサービスの転送により、一気にジュノーへ向かう事を提案した。
この時、ロリア達が所持している経済力なら転送の乗り継ぎで一気にジュノーへも向かう事ができた。
だが…これから冒険者として戦っていくに辺り、状況の変化を確認しておく必要があったのだ。
すなわち、アイネとメモクラムの加入である。
二人の戦力を知らなければ、いざという時に連携もおぼつかない。
足並みの揃わない戦闘がいかに危機を招くかを、ロリアやフリーテも身に染みて知っている。
それだけに戦闘態勢、役割を確認しながらの旅…というこのプランは、全員に受け入れられた。

戦闘が発生するとなれば、装備も整えなければならない。
アイネとメモクラムはどこをどう旅して来たのか、ボロボロの装備を一新する必要があったし、
クアトも海底洞窟でいくつかの装備を失ったままで、揃える事が急務だった。
結局、クアト自身がプロンテラの露店を回り、かき集めてきたのである。
自分用にはバックラーと、目ぼしい斧系武器が無かった為、一振りの曲刀を買ってきた。
シミター…一部ではタルワールとも呼ばれるもので、精錬済のお値打ち品だったと自慢した。
アイネにもバックラーと、武器としてフレイルを手に入れてきた。
今、使用しているメイスは劣化が酷く、これからの戦闘には耐えられそうも無かった為である。
メモクラムにはワンドと呼ばれる、小ぶりな片手用の杖。
それでも詠唱補助の触媒としては、今のスタッフより信頼性が高い。
他、二人には旅に備え、新しいシューズやフードなども用意された。

…結果的には装備にもそれなりの額がかかり、資金に余裕を持つためには、
転送の乗り継ぎなどという贅沢はしていられない状況になってしまった。
それも、アルデバランまでの旅路で多少の稼ぎも見込めるだろう…という見通しを立て、出発した。

まずロリア達を驚かせたのは、アルギオペやマンティス等、生息する魔物の凶暴性だった。
こちらの姿を確認するや、躊躇無く襲ってくる。
しかし…人数が増えた分ロリア達の戦力も上がっており、それを苦とする場面は少なかった。
ことにメモクラムの魔法は強力で、ロリア達はその威力に関心したものである。
メモクラムにしてもアイネ一人が前衛だった頃に比べ、詠唱時間にゆとりが出来たおかげで、
旅立ち以来初めて、存分に力を発揮できる場を与えられたと言える。

だが、この旅路で一行が最も驚いたのは…アイネの戦闘力だろう。
まるで剣士のような接近戦、その瞬発力と積極性は彼女がアコライトである事を忘れさせるに足る。
姉の前で戦える所を見せよう…という意気込みも加えられて、さらに勢いづいていた。
アイネもまた、ロリアやフリーテが武器を手に戦う…という様子に改めて驚いてはいたが、
想像とのギャップ・驚きという観点では、やはり彼女に軍配が上がっただろう。

そしてアルデバランまで、あと一日の山中。
戦闘を繰り返しながら山越えをし、夕刻近くにキャンプを張った一行は、
到着間近のアルデバランという街とシュバルツバルト共和国について、オリオールから説明を聞いていた。

「冒険者も多い街だ。今後の為に見物をするというのなら、時間を取らないでもないが…?」
「いえ、目的地はジュノーですし…また、ゆっくり訪れる機会もあるでしょう」

ロリアの言葉に、フリーテとクアトが頷く。
アイネとメモクラムは話を聞きつつも、固い携行用のパンに必死に食らい付いていた。
二人でマイペースの旅をしていたせいだろうか、彼女らはどこか緊張感が薄い。

「ところで、私から君達に聞きたい事があるのだが…良いだろうか?」
「ふぁい?」

と、オリオールの視線がその二人に向けられる。
アイネはきょとんとした顔を傾げたが、メモクラムは少し、眉をひそめた。

「ここ数日、アイネ君の戦い方を見ていたのだが…君の戦法は、どこか特異だな。
 例えば…今日戦ったアルギオペに対しても死角に回り込むどころか、常に対面位置を取っていた」
「うは、よく見てますねぇ。ああしないと、足を叩いて動きを抑えられなかったから…」
「…動きを抑える?」
「んー…敵に対峙しては、まず相手の速度を奪うべし。
 戦闘の主導権を自分のものにしてから、第二手を組み立てる…って、教わったもんだから」
「教わった?」
「アコ修行の時に、きったないオッサンに会って…どうみても破戒僧、って感じの!
 ヒマだから戦い方を教えてやる、なんていうから付き合ったんだけどね」

と、スカートの裾に手をやる。
じゃらり…と、鎖の擦れ合う金属音がかすかに響いた。

「これも、そのオッサンから貰ったんだ。
 タダより高いものは無いって言うけど…鉄臭いわ重いわで、ちょっと邪魔になってきたかも。
 ま、使い心地は悪くないんだけど、かさばるのがねー」
「ふむ…」

オリオールは、アイネに戦法を教えたという…その人物に心当たりがあった。
だが、彼の知っているその人物は、言わば『世捨て人』である。
自分の全てが沈んだ海を臨みながら、後悔の日々を送るだけ…最後に見たのは、そんな姿だった。

(彼が…もし、ジスタス殿が教えたのならば、何を思っての事なのだろうか…?)

アイネのその異様に長いチェインは、本来『対種族特化武器』である事を、オリオールは知っていた。
かつて戦い…いや、『叛逆』の為に編み出され、結局戦わずして敵を失った…そんな、武器であると。
…微笑むアイネには、もちろん知る由も無い。

「…いや、他意は無いのだが。
 今まではともかく、今はこうして6人でパーティを組んでいる。
 あそこまで被害を覚悟した、前衛的な突撃は時に攻撃の足並みを乱す危険がある。
 君が怪我をしたら、ロリアだって悲しむだろう」
「えー、そんなに強引だったかな、私…」
「そうだよ…アイネの強いのには驚いたけど、あんな戦い方されてたら、
 こっちの気が持たないってば」
「うんうん!確かに突っ込みまくりだよねー、いつも」

ロリアの非難に、クアトも頷く。
アイネは肩をすくめながらも、その顔に反省の色は無い。

「はぁーい、これからは控えめにしますよってに」
「もう、アイネったら…」

二人、顔を合わせて苦笑する。
戦術的には良し悪しがあっても、アイネの積極性はそれそのものが有効な武器でもあった。
オリオールもそれが判っているだけに、ここはロリアの手綱捌きに期待しようと思う。

「それと、シリー君にも聞きたいのだが…」

視線を向けられて、メモクラムは露骨に表情を曇らせた。
…そもそも彼女にとって、これは成り行きで同行した旅である。
メモクラムはアイネという個人に対しては、多少なりとも信頼を寄せてはいた。
だが、ロリアやオリオールといった面々に心を許した覚えは無い。
実際には、アイネ個人の『心の距離の詰め方』が異常なのであり、それが故に絆された部分が大きく、
メモクラムは本質的に、他人を簡単に信じようとはしない。
そして…この一行の中でもロリアに対する壁はかたくなで、大きなものだった。
初対面時のアイネとのやり取りを見た印象の影響もさる事ながら、
メモクラムにとって…切り捨ててきた過去の中で、唯ひとつ捨てたくは無かったもの。
ロリアに触れると、その『存在』をどうしても思い出してしまいそうで…嫌だったのだ。

イズルードでアイネと別れ、一人で旅をしようと決意したメモクラムだった。
が…クアトが満面の笑みで装備を差し出した事で、完全にタイミングを外された。
いつのまにかパーティの一人にカウントされている状況に、内心違和感を抱きつつも、
旅先の宛ても目的も無い彼女に、拒絶する理由が見つからないのも事実だった。
適当な頃合まで、アイネへの『義理』を果たす為に随伴する…と、自分自身に折り合いを付け、
今日までの戦闘でも、魔法を惜しまず後方支援の役目を果たしてきたつもりだった。

「…何か?私、自分に出来る事は最大限にやってるつもりですけど。
 戦い方に、何かお気に召さない点でも…?」

丁寧で、冷ややかな口調。
メモクラムにとっては、あくまでアイネが居るからこその戦力提供なのである。
それが、戦い方について他の者に指示されるとなれば、これは不愉快以外のなにものでもない。
内容によっては、即刻パーティ脱退も辞さない覚悟で、メモクラムは強気を前面に押し出す。

「あ、いや…そういう事ではないのだ。ただ…」

オリオールは空気を察してか、どこかオーバーに手を振ってみせる。
そして口に出した言葉に、メモクラムは固まった。

「君の『シリー』という名は、偽名だろう。
 本名は…メモクラム…で良いのだろうか、と思ってね」

一瞬置いて…メモクラムは隣でパンを頬張るアイネの肩をわし掴む。

「ちょ、ちょっと!アイネ!あんたが喋ったのッ!?」
「ししし、知らないよ!言った覚えないよよよよ」
「…あのー」

アイネをがくがく揺らすメモクラムを前に、フリーテが控えめに手を挙げた。

「アイネちゃんがシリーさんを呼ぶとき、時々、メモクラム…って呼んじゃってたんです。
 最初に会った時から、ずっと…それで、皆で偽名じゃないかって」
「えええ、私そんな事、言ってたああああ?」
「こ、このバカ!バカっ!何の為の偽名よぉ!」
「アイネ君が本名を知る事に、問題はないのだろう?…我々に対しても、名を偽る必要あると思えないが。
 それでも偽る理由があるのならば、事情を聞かせてはくれないか?」

メモクラムは観念したかのように、はぁ…と溜息をつき、
アイネの肩から手を離すと、豪奢な癖っ毛をかき上げた。

「…追われてるのよ」

それは大雑把すぎる説明で、一行には理解しにくい話ではあったが、
要するに…メモクラムは家出し、父の私兵に追われているという事だった。
その最中、逃走を手助けしたのがアイネであり、知り合った切っ掛けだったと言う。

「だいたいね、アイネだってぺらぺら本名で冒険者やってる場合じゃないでしょ!?
 何の為の『テッサ』って偽名なのよ…!」
「え?…あれ、そういえば…何で私まで偽名使ってたんだろ?」

きょとん…とするアイネに、メモクラムは眉間を押さえた。

「あんたね…あの聖騎士に、名乗り上げたじゃないのよ!?
 わざわざ身元が割れるような事を、しなくたっていいのにさぁ…」
「あー!はいはい!そういや、名前言っちゃったなぁ…」
「聖騎士…?それは、十字軍の者という事なのか?」

突然出てきた単語に、訝しげな声を挟むオリオール。
メモクラムは呆れ顔だったが、アイネは楽しそうな含み笑いをする。

「いやぁ!あのじーさんは強かった!死ぬかと思ったよー」
「バカ言わないでよ…あんな無謀な一騎打ちして、見てる方が寿命縮んだわよ…」
「でも、そのお陰で助かったんじゃん!文句言うなー!」
「そ、そりゃそうだけど…」
「ちょっと…アイネ、あなた十字軍の騎士と一騎打ちなんかしたの!?」

ロリアが表情も険しく、アイネを睨む。

「や、やだなぁ、ほんの軽い模擬戦みたいなもんだってば…」
「まったく…勝手に冒険者になったと思ったら、そんな危ない事までしてたなんてっ!」
「あ、危なくないよー、いい勝負だったってば…オッサンのくれた鎖も大活躍だったしー」

なんとかおどけて誤魔化そうとするアイネ。
それに助け舟を出すように、オリオールが問いかける。

「その、聖騎士の名は分かるだろうか?」
「え?あのじーさんは…えーと…あれ、何だったっけ」
「あんたはもう…ブロディア・ジクタール卿よ、十字軍顧問参謀官の!
 言っとくけど、結構な有名人なんだからね」
「そーだったの?」

有名人とメモクラムは言ったが、それもいわゆる王族や騎士・軍人などの間の事であり、
いわゆる民間人や、駆け出し冒険者ではブロディアの経歴はおろか、名を知るものも少ない。
当然、ロリアやフリーテ、クアトにしてもアイネと似た様な反応であり、
この場合、名のある人物という認識を持つメモクラムが特異と言えた。
しかし、オリオールに限っては彼女らとは違う…いや、それ以上の複雑な気持ちで、その名を捉えた。

(なんという因果か、それとも運命の悪戯とでも言うのだろうか…?
 ジスタス殿が教えたと思われる技で、ブロディア卿と戦うなどと!
 さぞ、卿も驚かれた事だろうな…)

今、自分と共に旅をしているアイネという少女。
ここに居るという事が、あるいは『紋章』に、ロリアの運命に巻き込まれた…。
そう考えていたオリオールだが…こう自分の見知った符合を重ねられてしまうと、思わざるを得ない。

(アイネ自身もまた、何かの運命に導かれて、在るべくしてここに居るのではないか…?)

しかし、また…確信も無いのに、考えすぎなのかもしれないとも思うのだ。
オリオールは、そんな思考を吐き出すように、小さな溜息をついた。
…全ての冒険者が、何かを運命付けられて戦っている訳ではない。
むしろ生きる為、明日の糧を得る為に、戦い続ける者が多くを占めるこの世界なのだから。

そう…ただ『自分が生きる為』という目的だけで戦う事が出来るのならば、
どんなに気楽な事か…と、オリオールは思うのだ。

「…オリオールさん、どうしました?
 その、ブロディア卿という方の事…知っているのですか?」

と…フリーテの心配そうな眼差しに、我に返るオリオール。

「いや…そうだな、その名は知っている。
 引退したと聞いていたが、十字軍再編の為に召還されたのだろうな…。
 義に誠実で、情に厚い人物だ。彼が納得づくの一騎打ちで手を打ったのなら、
 いち冒険者を確保する手配など、しないと思いたいが…」
「うんうん、あれはなかなか話の分かりそうなじーさんだったよ。
 私とやりあった時も、手を抜いてたしね」

(…確かに、ブロディア卿が本気を出したら、この少女など一撃だっただろう…)
オリオールはそう思うと共に、アイネが戦力差をしっかり認識している事に、感心した。

「…ともかく、この山の中では確認の術が無い。
 ジュノーに着き次第、私が各冒険者ギルドに探りを入れてみよう。
 それまでは、そうだな…第三者が居る時は、一応偽名を使った方が良いかもしれないな」
「お手数かけまーす」

アイネが深々と頭を下げる。
しかし、メモクラムは憮然とした顔のままだ。

「じゃあ…これから私達の間では、シリーじゃなくて…メモクラム、だね!」

そう最初に言ったのは、クアトだった。

「うん、そうだね。
 改めて宜しくね、メモクラムさん」

ロリアが笑いかけるのを見て、メモクラムは即答出来なかった。
この偽名を…彼女らと距離を置くという事の、一番の障壁としてきたつもりだったから。
そう遠くない未来には、どうせ別れてしまう人々なのだから…と。
…だが。

「どしたの、メモクラム?」

目を丸くして覗き込む、このアコライトを見ていると。
そんな風に考える自分が…バカらしいような、どうでもいいような気にさせるのだ。

「メモクラム・アードワインド、よ………改めてよろしく」

これで満足なんでしょ…と思いながら見たアイネの顔は、
嬉しそうな笑みで占められ、何度も意味不明な頷きを繰り返していた。

これくらい単純に、直球で生きられるといいな…と、メモクラムは本気で思うのだった。


…その二日前、夕刻のイズルード。

「はぁ………」
「あーあ………」

港に面した公園のベンチで、二人の男女が同時に深い溜息をついた。
『見捨てられた剣士』こと、ユーニス。
そして『無一文』、カーシュことカーヴィッシュ。
共に、途方に暮れた顔で俯く。

ユーニスは到着するやいなや、街の宿という宿を巡った。
ロリア一行の滞在していた宿を、なんとか発見できたまでは良かったが…。
彼女らは、既に出立した後だった。
そして、宿の女将は目的地を聞いていないと言う。
ミアンと同じく…ロリアの足取りも、絶たれてしまったのだ。

そしてカーシュは、この街を拠点とする冒険聖職者・メイナを尋ねたのだが、
彼女はいずこかへと出掛けてしまい、行方知れずだった。
メイナとカーシュは共に一次職時代に知り合い、何度か冒険を共にした仲であり、
何よりカーシュは彼女の装備の為に、随分と身銭を切らされた覚えがある。
数多の人間に騙され、搾取され続けて、逃げられてきた彼だが、メイナだけは逃げなかった。
…もっとも、返してもくれないのだが。
多少なりともの返還を要求するつもりで来たが…当の本人が居ないのでは、それ以前の問題である。

はぁ…と、気の抜けた溜息がまた、同時にこぼれた。
ユーニスは、手にした新聞の切抜きを広げる。
丸い帽子をかぶり、笑顔を見せるアーチャー…。
(彼女なら、ミアンさんの赴きそうな場所が分かると思ったのにな…)
と…気の緩んだ手から、切抜きが離れた。
潮風に乗って、ひらりと空に舞う。

「あっ!」

慌てて立ち上がるユーニスに、カーシュも何事かと、顔を上げる。
そして…その切り抜きは、たまたまその場を通りかかった人物の顔に、張り付いた。

「わっ、やだ、何これ!」

不意に、暗闇攻撃を食らった…そのブラックスミスの少女は、カートを引く足を止める。
そして、その切抜きを顔から剥がし、何かと確認すると…そのまま、思わず見入った。

「すっ、すみませーん!」

と…剣士姿の少女が自分へと駆け寄って来るのに、気付く。
見るからに『初心者らしさ』の抜けないその風貌に、思わず顔が綻んだ。

「それ、私のです。風で飛んじゃって…すみませんでした」
「ううん、大丈夫」

そう言って、切抜きを差し出す。
受け取ろうとしたユーニスは、その瞬間、彼女の言葉に驚いた。

「あなた、もしかしてロリア達のファンか何か…?
 これ、金ゴキ倒したときの武器、私が作ったやつなのよ。
 あなたも武器作成する機会があるなら、良かったら…って!?」

にこっ、と営業スマイルだったブラックスミスの少女だが…。
まさかこの剣士がこうも食いつくとは、思ってもみなかった。

「し、知っているんですかっ!!ロリアさん達をっ!?
 今、今はどこに居るんですか、お、教えてくださーーーいっ!!」

…興奮したユーニスをカーシュがなだめつつ、ベンチに座らせて数分後。
レースと名乗ったブラックスミスの少女は…ロリア達の行き先を知っていた。

「あの娘達なら、ジュノーに向かったわよ。
 何でも、調べ事があるとかで…詳しくは知らないけど、ね」
「…ジュノー」

その都市の名をぽつりと口にして、ユーニスは天を仰いだ。

(…遠い)

隣国の首都だ…と、漠然と知っているだけで、その地理的位置すら理解が浅い。
どうやって行けばいいのか、何日かかるのか…?
仮に、ジュノーに行けたとしても…そこで会うことができるのだろうか?
離れすぎているという現実を、ユーニスは改めて思い知らされる。

「そ、そんなに悲観することないわよ…。
 何か調べるって事は、数日滞在するって事だろうし、
 カプラの転送を乗り継げば、十分追いつく可能性はあるけど…」

その様子を見かねてか、レースは笑顔を作って言う。

「転送ですか…それって、幾ら位かかるんですか?」

ユーニスの問いに、レースは頭の中で考える。
プロンテラ発としても…ゲフェン、アルデバランを経由し、計三回乗り継がなくてはならない。
そして、その総額はユーニスの財布を圧迫するに足る…が、なんとかなる額ではあった。

「…なら、行ってみるといいんじゃない?
 あんまり無責任な事は言えないけど、ね。
 もし行き違いで、ロリア達が帰って来たら…あなたの事、伝えとくわ」
「はい…ありがとうございます」
「ん、会えるといいわね」

そう言って、レースは手を振りながら通りへと歩いていく。
後姿を見送りながら、無言のままだったが…先に口を開いたのは、カーシュだった。

「…行くんだろ?どうやら、俺が付き合えるのもここまでだな」
「カーシュさん…」
「大した助力も出来ずに、済まなかったと思っている。
 守るとかなんとか、大仰な事を言ってしまったが…こんな都市部に危険などある訳も無いし、
 結果的には君を騙して、便乗しただけだな…俺は」
「そ、そんな風に言わないで下さい。
 私は、一緒に来てくれた事だけでも、嬉しかったんですよ」
「…優しいな、君は」

同時に、甘すぎる…とも思う。
いつかこの甘さが、このユーニスという少女の命取りになるのではないか…と、
カーシュは要らぬ不安を抱くほどだった。
彼自身もまた、認識の甘さで苦渋を舐め続けてきた、そんな冒険者人生であるが故に。

「カーシュさんは、これから…どうするんですか」
「俺の事は心配しなくていい…臨時で傭兵のクチでも見つけて、なんとか稼ぐさ。
 お前は今すぐにでも、その連中に追いつかないと。あの、ミアンって奴を探すんだろ」
「でも…」
「まだ、何かあるのか」
「カーシュさん、約束しました。
 私がロリアさんと会うまで、私を守ってくれるって」
「そりゃ…まあ、言ったが…こうなっては、致し方ないだろう。
 君に貸しを作ったままなのは俺も心苦しいが、急ぎの旅なんだろ?」
「で、でも…」

何を躊躇っているのだろうか、とカーシュは思う。
カーシュは元々自分の都合だけで、半ば騙したような形で付いて来ただけなのだ。
やらねばならない目的へと、さっさと旅立つべきだというのに。
(…もっと、理詰めで説得しなければ分からない娘なのだろうか?)
厄介なものだ…と思いつつ、カーシュは口を開く。

「…何を心配しているのか知らんが、俺なら問題ない。
 こう見えてもウィザードとしての腕には自信がある…傭兵として不足など無い。
 君は俺の魔法を見ていないから、分からんかもしれないが」
「でも、装備が無いですよね…」
「そ、装備など魔法を使うのに必要無い」

カーシュは痛い所を突かれた事に、冷や汗をかく。
実際、触媒となる杖が無い分には…やはり、魔力の低下は否めなかったし、
対種族を中心とした防具が無いのは、傭兵をするのに問題と言えた。
魔法が使える…というだけの人材なら、その辺にいくらでも居るご時世だ。

「…俺とて、君がロリアという娘に会えるまでの手伝いを、出来る事ならしたかったよ。
 だが、知っての通り…俺は無一文で、転送代はおろか、装備を整える金すら無い。
 俺が感じる責任を果たす為に、これ以上君に負担をかけさせる訳にもいかない。
 それは本末転倒というものだ…君にだって、分かるだろう」
「はい…」
「とにかく、俺は自分の事くらい、自分で何とかする。
 君は君の目的に向かって、早く足を踏み出すべきだ」
「わ、わかりました…」

ユーニスはひどく消沈した面持ちだったが、小さく頷いた。

「さ、早く行くといい。
 カプラサービスの転送を乗り継げば、夜までにはアルデバランへ行ける。
 十分先回りして、ロリアとやらを待つことが出来るだろう」
「はい…」

荷物を持ち上げるユーニス。
もうそれ以上は言葉を発さず、カーシュは視線だけで、早く行け…と促した。

「色々…ありがとうございました。
 カーシュさん、お元気で」

寂しげな呟きに、微笑んで頷く。
相手に気を使った作り笑いをするなど、いつ以来だろう…と、カーシュは思った。
やがて…とぼとぼと歩き出し、街門へと向かいながら、ユーニスは一度だけ振り向く。
カーシュはベンチにもたれたまま天を仰ぎ、眠っているかのように瞼を閉じていた。

(これからどうするか…メイナの奴が、近いうちに帰ってくる保証は無い。
現地調達で何とか食い繋ぎながら、ゲフェンに帰るしかないか…)

もはや、置かれた状況に溜息も出ないカーシュ。
ただ確定しているのは、今夜はこのまま野宿…という事だけであった。


同時刻。
カーシュが財政的問題により、再会を熱望していたメイナは、
運命の悪戯か…今まさに、ゲフェンの街を訪れていた。

「あー、お腹すいたなあ…先に宿取ろうよー」
「勝手を言うな。お前が好きで付いて来ているんだろう」
「だってテミが一緒じゃないと、つまんないよ」
「…私は、遊びをやっているのではない」

傍らにはペコペコの手綱を引く、テミスの姿もある。
閑散とした街外れを歩く二人。
ここで、ある人物と待ち合わせをしているのだった。

…と、突然、メイナの表情に緊張感が走った。
テミスも何かを感じ取ったのか、手が自然と腰の剣の柄へと伸びていた。
メイナが小さく何かを呟くと、両手から光が生じた。
その粒子は高速で、二人の周囲を回りながら拡散していく。
光の一部はテミスの近くで動きを止め、まるで見えない何かに遮られる様に蓄積する。
やがて固着した粒子は輝きを失いながら、砂のように流れて消失した。
その跡に残ったのは、一人の人間…いや、微笑を湛えた少女だった。

「…シルバー。そういう冗談は止してくれ」

テミスは呆れ顔で、柄から手を離す。
待ち合わせの相手は…『銀の悪魔』こと、シルバーと呼ばれるウィザードの少女だった。
微笑みながら、シルバーは髪からクリップを外す。

「貴方といいオリオールといい、どうも不評ですねぇ…これ。
 とにかく…アルデバランからここまで、陸路で疲れたでしょう。ご苦労様です」
「お久しぶりです、シルバーさん」
「ええ、メイナさんもお元気そうですね。それと、ナイスルアフでした」

シルバーに褒められ、照れ笑いのメイナ。
メイナは超有名冒険者と知り合いだという事を嬉しく思い、シルバーに敬意を持っている。
しかし『蒼の騎士』と呼ばれるテミスも、勝るとも劣らない勇名を馳せているのだが、
この扱い、対応の違いはどこから来るのだろう…と、たまにテミスは思わないでもなかった。

「余興はその辺でいいだろう。本題に入ろう」

簡潔に言い放ったテミスに二人は不満顔をするが、構わずに話し始める。

「まず『爆炎天使』の件だが…探索はほぼ絶望的な状況だ。
 本部の方でも八方手を尽くしたが、表ルートではもう見付からないだろう、という事だ」
「裏ルートか、誰かが隠しているか、あるいは失われたか…ですか」
「シュトラウトの手駒も嗅ぎ付けているが、発見には至っていないようだ…。
 と、それと…これはまだ未確定ではあるが、十字軍も動いているかもしれない」
「…それは、穏やかではないですね」
「正体不明の司祭が『爆炎天使』を探していたそうだ…もちろん無関係の個人という可能性もあるが、
 この時期、このタイミングというのが妙に引っかかる。
 そちらは念の為、シィルに調べてもらっている」
「なるほど…彼女なら適任ですね」

腕を組んで、思案顔のシルバー。

「それで…『蒼き僥倖』の方は、どうなのだ。
 オリオールが随分と手を焼いている、と聞いたが」
「最後の連絡では…ロリアーリュの妹と、マジシャン一名を加えてジュノーに向かうとか。
 何でも、アズライト・フォーチュンが正常に機能しないとかで、調査するそうですよ」
「ロリアーリュの妹?見付かったのか」
「ええ、例のアイネリアという娘…何とか、合流を果たしたそうです。
 ともあれ、ロリアーリュと一緒に居てくれた方が、色々安心でしょう。
 オリオールも付いててくれますし、ね」
「…まったく、親の気も知らずに」

呆れるテミスの姿が、あまりに彼女らしくてシルバーは思わず含み笑う。

「状況は了解した。なるほど、それでなのだな…。
 本部は君に、オリオールと合流してのサポートを要請している」
「あら、あら」

驚いた顔をするが…これが演技である事くらい、テミスには見抜ける。

「予想していたのか」
「ええ、まあ。イズルードで正体不明…いえ、シュトラウト配下の襲撃も受けたそうですし、
 そろそろオリオール一人の手には余る頃かな、と。
 ちょうど、暇そうなのも私くらいみたいですしね」
「相変わらず、言いたい事を言う。その台詞、オリオールが聞いたら気を悪くするぞ」
「真実ですよ。別に、彼に実力が無いとか、そういう事じゃありません。
 …例えば、彼の個人的感情が状況判断力に迷いを与える可能性だって…」
「…あの、オリオールが?」
「あの、オリオールが、ですよ」

思わず、テミスは真顔でシルバーの顔を覗き込んだ。
彼女らの共通認識として…オリオールと言えば、女っ気の無い事が常識だった。
無論、実力のある自由騎士ともなれば、言い寄る女性も居ないわけでは無かったが、
寡黙な性格に加え、マスクを付けて素顔を見せない事も手伝って、結局誰をも寄せ付けなかった。
…それは、彼自身の過去が癒えないからこその態度である。
シルバーもテミスも、それは百も承知でオリオールを『鈍感』、『朴念仁』とからかっていた。
命を預けあった事もある、信頼の置ける冒険者仲間だからこその、親愛として。
それだけに、ロリアーリュはこの短い間で、彼に何かしらの影響を与えたのか…と、
テミスにとっては少々、驚きを覚えるシルバーの言葉だったのだ。

「そういう少女なのか、ロリアーリュとは」
「別に、彼女とは限りませんよ。何せあのパーティは一人を除いて、全員女性。
 オリオールも男の子ですからねぇ」

含み笑うシルバーを見ながら、テミスは呆れるが…その顔は、笑っていた。

「…では、私は一足先にジュノーでご一行を待つとしますか。他に伝達事項は無いですね?」
「以上だ。何かあれば連絡する」
「了解しました。メイナさん、また今度ゆっくりお茶でも」
「はい、またです!」

シルバーはにこっと笑って頷くと、マントを翻す。
不意に生じた風圧に、メイナが目を細め…次に開いた時には、シルバーの姿は消えていた。

「さ、行くぞ」

同時に、テミスも街の中心部へと歩き出す。

「ま、待ってよ!テミ一人じゃ、どうせ迷子になるでしょ!」
「…斬られたいのか」
「事実じゃない!アルデバランでも…」
「そ、その話はいい」
「良くないよー!永遠に語り継ぎますからねー!」
「………」

いつか何とかして、メイナの口を封じる方法を考えなければ…と、
真剣に思い始めるテミスだった。
巨大なゲフェンタワーの影が、長く伸びる。
迫る夕闇に急かされるように、二人は宿を求めて、賑わう街の雑踏に姿を消した。


そして、宿を求める事も叶わず、いまだ公園のベンチで天を仰ぐ男…一人。
イズルードの潮風を浴びながら、沈んでいく日を無視するかのように、
星が姿を現し始めた空を、飽きもせず見詰め続ける。
…カーシュには他に、出来る事が無かったからだ。

(…一文無しとは言え、さすがに公園で野宿は追い剥ぎを誘ってるようなもんだな。
 面倒もゴメンだし、とりあえず街門を出て、冒険者キャンプに紛れるか)

そう思い、視線をようやく街並みへと戻した時だった。
ユーニスが消えた方向から、どこかで見た事のある少女がこちらへと向かってきていた。
手に荷物を抱え、まっすぐこちらへとやって来る。
…それは、先刻出会ったブラックスミスの少女だった。
確か、レースとかいう名前だったな…と、カーシュは記憶を探った。

「…はぁ、まさかまだここに居たとはね…。
 中りをつけて、わざわざ門まで言った私がバカだったわ…」

やや疲れた顔でそう言い捨てながら、抱えた荷物…何かの入った袋を、目の前に投げ出す。
カーシュは彼女が何を言っているのか、何をしに来たのか分からず、ただ目を瞬かせた。

「…まったく、あの予算でこれだけの装備を整えるって、ちょっと骨だったわよ…?
 ロリアの知り合いらしいから引き受けたけど、本当なら追加料金貰うところだわ」
「待て、何の話だ。説明してくれ」
「何って…あの娘、ユーニスに頼まれたのよ。
 『これで可能な限り良い装備を見立てて』くれって…」

カーシュの脳裏に、一瞬…ユーニスの笑顔が浮かんだ。
慌てて膝を突くと、レースの持ってきた袋を開ける。
アークワンドにシルバーローブ、マフラー、シューズ…どれも中古らしい痛みはあるが、
ウィザードの装備一式がきちんと用意されていた。

「見た目は許してよ…一応、上物を選んできたんだからね。
 これだけの短時間で、このクオリティは私の鑑識眼を褒めてほし…」
「ば、バカか、あいつはッ…!!」
「い…ぁ!?」

突然叫んだカーシュにレースは驚いて、二歩ほど後ずさる。

「大バカだっ!何考えてんだ…!
 俺の事はいいって…聞いてなかったのか、あいつはッ!!」

カーシュは怒り、叫んだ。
あの、どうしようもなく甘い剣士を怒りでなじらなくては、と思った。
ちょっとでも、気を緩めると…後悔してしまうかもしれない。
冷たくあしらうように、別れを強いた自分の態度を。
結局、自分の都合しか考えていなかった、カーシュ自身の理論を。
そして、ユーニスという少女に、自分の事で心配を与えてしまったという…事実を。

(後悔し続ける人生なんて、もうこりごりだ…!)

今まで…人に騙され、搾取され、裏切られ、何度も後悔してきた。
だが、これはちがう…ただ受け入れるだけでは、それはまたひとつの後悔になる。
ユーニスという少女の気遣いに、報いることが出来ない…という楔。
今までのどんな痛みも、無視して、向き合わない事で、目をそらす事で逃げてきた。
しかし…カーシュにもはっきりと分かる。
この、ユーニスの心を踏みにじるような真似をすれば…『俺は、最悪だ』…と。

「…あいつは、ユーニスはどうしたんだ!?」
「どうしたって…ロリアを追って、ジュノーに向かったけど…」
「そ、そうじゃない!
 あいつがこれだけの装備を揃える金を手放したら、転送サービス代なんか出る訳が無い。
 いったい、どうやってジュノーへ行くってんだ!?」
「ああ、そういうこと…」

レースはちょっと困った顔で、口ごもった。

「んー…さっきは言い忘れてたけど、実はロリア達、陸路でジュノーに向かったのよ。
 まあ、常識的にアルデバランからは転送だろうけど、ね。
 その話をしてたら、むこうは6人の大所帯で旅の進みも遅いはずだし、
 頑張って走れば追いつけませんか、って言うから…まぁ、不可能では無いかも、って」
「まさか…陸路で行ったのか、あいつは」
「彼女一人でジュノーに転送で行っても、時間的に先行しすぎるし、
 土地勘も無いから、待つより追う方がやりやすいって…。
 プロンテラから最短距離を通って…アルデバランまで4、5日、さらにジュノーまで2、3日。
 なんでも以前はずっとミョルニール山に篭ってたらしいから、山岳地帯の旅は慣れてるって…」
「そんな、簡単にいくものか…!
 ジュノーはおろかアルデバラン迄でさえ、普通の冒険者なら陸路は避ける。
 ロリアとやらはパーティの戦力にそれなりの自信があってこそ選んだんだろう!
 ミョルニール北部から国境地帯、そしてジュノー周辺の魔物は湖の甲虫や毒キノコ共とは訳が違う…。
 あいつが一人で、それを何とか出来るのか…!?」
「厳しいって話は理解してたみたいよ…だからこそ、追い付ける可能性も高いって。
 無理はしない、なんて言ってたけど…正直、あの装備には不安が残るわね」
「あんたもあんただ、何故止めなかった!」
「自由意志で生きるのが、冒険者…でしょう?
 私には止める権利も、理由も無かっただけ。責められる謂れは無いわ」
「くそっ!」

カーシュは袋を引っつかむと、立ち上がる。

「ど、どこへ行くのよ?」
「あいつを追って、止めるに決まってるだろう!」
「…そういう事なら、ちょっと待ちなさいな」

と、レースは引いていたカートを探って、何かを取り出す。

「これ、略式だけどアルデバランまでの地図。
 あの娘も持っていったから、記されている街道を通る可能性が高いわ。
 やみくもに追うより、マシでしょ」
「…あ、ああ。有り難い」
「それと…たいしたものじゃないけど、食料。
 腹が減っては戦は出来ぬ、って言うしね。持っていきなさいな」
「…助かる。
 レース、とか言ったよな。この借りは、必ず返す」
「あなた、貸しを作ると面倒になりそうなタイプだから…別に、返さなくていいわよ」

悪戯っぽく笑うレースに、カーシュは黙って頷いた。
そして、街門へと走り出すと…ウィザードとは思えない速さで、振り向きもせずに走っていった。

「…まったく、最近はお金にならない客ばっかりね」

レースは毒づきながら、空を見上げる。
もう、数え切れないくらいの光に覆われた星空が、潮騒を静かに奏でるイズルードを包み込んでいた。







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