HyperLolia:InnocentHeart
−邂逅の街−
026:Town of encounter


「まったく…君は、いつも唐突だな」

自分を見ても驚かず、半ば呆れの声を漏らすオリオールの姿に、シルバーは思わず微笑んだ。

「ご無沙汰です、オリオール。そして、皆さんはじめまして」

図書館で出会ったラビティという名の少女に、紋章調査の協力を頼んだロリア達は、
手分けして関係のありそうな文献をかき漁った。その成果は、彼女が纏めて明日報告しに訪れる事になった。
帰路の途中、アイネとクアトの買出し組と合流し、ぞろぞろと宿へ戻ってきた所、
部屋の中ではメモクラムと、見慣れぬ魔導士が待っていた…という訳である。

フリーテは彼女が容貌で感じさせる以上の実力を持つであろう事を、以前の出会いで悟っていた。
だが、あの時のようなピリピリとした緊張感は感じない。
それは自分が場数を踏んだせいなのか、それとも彼女が柔和に振る舞っているせいなのか。
その判断はつかないが、とりあえず今は敵ではない事くらいは理解できる。
しかし…何故、彼女がここに居るのか、その目的については誰も分からないに違いなかった。

「…君が堂々と挨拶しながら現れたという事は、我々について彼女らに話しても良い…そういう事だな?」
「ええ。一定範囲内で話して構わないと、許可も貰ってきました。
 色々と面倒な動きも出てきてますし、状況を把握してもらうべきでしょう」
「…アルビオンが動いてるって事ですか?ええっと…」
「私の事は、シルバーとでも呼んで下さい…ロリアーリュ。
 ご懸念のシュトラウト卿の騎士団はもちろんそうなのですが…まぁ、順番に説明しますかね」
「待て、シルバー」

オリオールが会話を止める。
走りかけた緊張感が行き場を失い、ロリアは思わず彼を見詰めた。

「…我々は外から帰ってきたばかりだ。
 どうせ長い話になる、食事と風呂ぐらいは優先しても構わないだろう?」

埃っぽい連中が、ドアの前にずらりと並んでこちらを見ているのがひどく滑稽で、
メモクラムは枕を抱えて、笑い声を殺すのに必死だった。


「…ちッ、また外した!」

カーシュの放った雷撃は標的を失い、枯れ木を切り裂きながら、消失する。
目測を誤ったのは、既に山麓の中へと沈みつつある陽光の無慈悲のせいだと、彼は思いたかった。

「か、カーシュさんっ!」
「俺を構うなッ!警戒しろ!すぐに次が来るぞッ!」

アルデバランで一息つく間も設けずに、先に進みたいと言ったのはユーニスである。
カーシュとしては一蓮托生…彼女の意思を尊重すべきだと思ったし、反対する理由も無かった。
しかし…事ここに至って、情報不足である事に足をすくわれたと気づく。
この、ジュノーとアルデバラン間にある高地…エルメスプレートは、破壊の傷跡が永遠に癒えない「死の大地」である。
元より、痩せて作物も育たない土壌に、高地であるが故の気候の悪さ、気温の低さ。
閉鎖されたエルメス峡谷の廃墟から漏れ出す「魔の波動」で、凶暴化著しい原住生物。
そして聖戦時代はもちろん、その後の様々な戦いの影響で、破壊され尽くした自然…。
さらに、新興工業都市・アインブロックがたれ流す汚染物質により、生態系の奇形化も著しい。

かつては地方民族も少数ながら住んではいたが、今では全ての者が都市部へ移民、あるいは魔物に滅ぼされた。
この失われた民族の、その少ない生き残りの一人がフリーテでもある。

都市間のワープポータルが商用化している今では、人外だけが徘徊する荒野に、好んで足を運ぶ冒険者は少ない。
それだけに、魔物の生息域等に関する情報も更新が遅れがちな土地だった。
自分の知っている古い記憶をアテにはできない…と、認識はしていたカーシュであったが、
ここまで魔物が凶暴、凶悪化しているとは想像以上だった。
ジュピロスから漏れ出す波動が、日増しに強くなっているらしいとは言え…である。

厄介なのは、ドリラーと呼ばれる中型のトカゲだ。
巧みに地中に姿を消しては、こちらの攻撃を避け、予想もつかない所から反撃を試みる。
トリッキーな攻撃は、前衛として立つユーニスを惑わせ、心身共の消耗を促した。
彼女の表情に余裕が無くなっていくのを感じ、早くこの状況を打破せねば…と、カーシュは焦燥感に襲われた。

地表がじわりと揺れたのを彼は見逃さず、すかさずそちらへ意を向ける。
放たれた閃光…ライトニングボルトが、今まさに地中から飛び出したドリラーに直撃する。
断末魔の声を上げる間もなく、魔物は身動き一つしない骸へと変化した。

(チッ、風魔法じゃ相性が悪すぎるってんだよ…!)

地属性のドリラー相手ならば、火属性の攻撃魔法が最も効果的である事くらい勿論知っていたが、
カーシュは元より火魔法が不得手であったし、ジュノーまでの道のりを考えれば、
早々に魔力を枯渇させるような真似はできず、ここはマナの調整に慣れている風魔法を使わざるを得なかった。

だが、ざっと見た所…まだ少なくとも三匹のドリラーが近くに潜伏し、こちらを伺っている。
ユーニスは気丈に戦闘の構えを取ってはいるものの、慣れない相手に疲労の色が濃い。
ここはジュノーへの前進を最優先にしつつも、状況打破の撤退を試みるしかない…と、カーシュは決断した。

「ユーニス、デカい奴を使うッ!下がれ!」

言い終わると同時に、詠唱を開始するカーシュ。
多少、時間が掛かるのがネックだが…魔物どもがユーニスに気をとられている今なら、間に合う計算だ。
ユーニスはまだ動かず、横目でこちらを見た。
詠唱完了と同時にバックステップで、魔法の効果範囲に連中を引き込む態勢だ。
それでいい…と、カーシュは今日までの連戦で呼吸の合いはじめた相方に、心の中で微笑んだ。

足下の魔方陣が、一際輝いた瞬間。
ユーニスの周囲、地表がいくつも盛り上がるのと同時に、彼女は飛ぶような勢いで身を投げ出した。
そして…間髪入れず、無数の雹が一陣の豪風と共に魔物どもを襲う。
氷の竜巻の中へ姿を現すことになったドリラー達は、それでも抗い、ユーニスへと牙を向ける。
…が、一匹、また一匹と、魔力で生み出された冷気に包まれ、その身を凍らせていった。
ユーニスは間近で見る大魔法の威力に、息を呑む。
ストームガストと呼ばれる、水属性の高位魔法。
実際にはカーシュ自身もかじった程度に修得しているだけで、水魔法そのものに精通している訳ではない。
ただ、この場合は倒すことよりも、足止めをして危機を脱し、態勢を立て直す事が最優先であった。
それ故に、久々に行使したストームガストだったが…カーシュが思った以上に、効果は上々であった。
この乾いた地に生まれた、異質な氷柱達を一瞥しながら、彼は額の汗をぬぐった。

「よし…奴らが凍ってるうちに、ここから逃げるぞ。
 これ以上沸かれたりしたら、さすがに持ち堪える自信が無い」
「は、はい、わかりました」

立ち上がりながら頷くユーニスを見ながら…カーシュは目を疑った。
剣士の後ろの地表が、歪むように動いたのに気付いてしまったからだ。
…まさかの四匹目に、疲労感の強い頭は、判断力を鈍らせていた。

「ユーニス、後ろだッ!!」

その叫びに機敏に反応したユーニスは、確かに戦士として成長していたのだろう。
抜き身のファルシオンを、今まさに地中から姿を現した魔物へと、振り下ろした。
だが…相次ぐ連戦の中、酷使し続けてきた愛刀は、ここ一瞬で遂に悲鳴を上げてしまった。

「……!」

堅い外殻と衝突した剣は、何とも言えぬ嫌な破砕音を発し、破片となった先端部が弧を描いて弾け飛んでいく。
その衝撃で、ユーニスの右手からも柄が離れる。
ドリラーが攻め手を緩める気配は、無い。
飛び掛ってくる巨体を受け流そうと、ユーニスは盾を構え、同時に腰のカッターをまさぐる。
ミアンから貰ったこの短剣は、お守り代わりのつもりで身に着けているだけの物だった。
よって…臨機応変に持ち帰られるほど、彼女自身が扱いに慣れていない。

「く…っ!!」

盾に伝わる衝撃が、肩まで震わせる。
必死に倒れまいとし、態勢を立て直そうとするユーニス。
だが、それを嘲笑うかのようにドリラーは機敏に彼女の死角に回り込み、その体躯を躍らせた。
ユーニスはその衝撃に耐え切れずバランスを崩し、地へと身を伏せる。
まるで、大きな人形を抱えているかのように彼女から離れないドリラーは、何の感情も表さない瞳で、
その右肩に巨大な牙を突き立てた。

「っあ…ッ!!」

それは厚い布と合皮で守られているはずの肌に容易に到達し、彼女の装備を一瞬で朱色に染め上げた。
牙による出血より、このまま肩が砕かれるような異常な圧力に、ユーニスは苦悶の声すら発する事が出来ない。
そして、カーシュが鬼気迫る顔で化け物への攻撃を果たしたのは、ようやくこの瞬間だった。

「このッ…!くたばれッ!!」

触媒の杖すら使わず、直接魔物の鱗肌に掴みかかった掌から、電撃の閃光が走る!
ドリラーは衝撃でびくびくと跳ねるが、決して獲物から口を離そうとしない。
ユーニスの肩口から零れ、地面にじわじわと広がっていく黒いものが視界に入り、カーシュは冷たい汗を感じた。
やがて、魔物の動きは緩慢になり、痙攣するだけの肉塊に変わったのを見届けると、
カーシュは食い込んで離れない牙を両手で引き剥がし、投げ捨てるようにしてそれを退ける。
既にユーニスは気を失っており、全身に力が無かった。
失血のショックか、あるいは間接的に食らったライトニングボルトの影響か…恐らく、両方だろう。
だが、あの状況でウィザードが出来る近接戦闘など、ありはしない。
彼女へのダメージも承知の捨て身技だったが、これしか選択肢は無かったのである。
…理性でそう結論付けても、やはり自分擁護に聞こえる気がして、カーシュは自己嫌悪したい気分だった。

応急処置をするにも、ジュノーへ逃げ込むにも、とにかく急がなくてはならない。
先に凍らせたドリラー達の氷柱が、小さな音を立て始めた。
カーシュはユーニスのバックラーと小手、脚のレガースを外し、なるべく軽くすると、背に負ぶう。
全ての荷物は、持っていけない。
最低限、ユーニスの応急処置ができるだけの薬品と、彼女の私物をまとめて持つと、カーシュは走り出した。
ここから全力で走れば、全ての魔物を無視して走りきれれば…夜にはジュノーに着けるはずだ。

「おい、死ぬなよな…会うんだろう、ミアンって奴によ!」

返事は無かったが、その身の重さとかすかに伝わる心音が、カーシュには答えのように感じられた。
(そうさ、こんな所で殺させるものかよ…!)
誰かを守ろうとする足取りが、彼に、今迄感じた事の無い力強さを与えていた。
(走れよッ…この、怠慢な足め!)
ジュノーへ。
目的地は、そう遠くないはずだと信じて。


食事と入浴を済ませ、さっぱりした一行が集う部屋の中心で、シルバーは話し始めた。

「『アズライト・フォーチュン』を始めとする、いわゆる聖戦時代のロスト・エンブレム。
 これを巡って、王国騎士団アルビオンとその団長、ディオー・シュトラウト大佐が暗躍している…。
 この件については、みなさんご承知の事と思います」

興味無さげにベッドに横たわるメモクラムを除く、全員が頷く。

「事の始まりから、ご説明しましょう。
 そもそも、このロスト・エンブレムの調査をシュトラウト卿に命じたのは、我らが国王です」
「…そ、それって、国王トリスタン三世が…ってことですか!?」
「ええ、そうです」

いきなりの大人物の登場に、思わず声を挟んだフリーテが、ロリアと目を見合わせる。
驚きつつも、まだ理解できない顔で、お互いに首を傾げた。

「今からおよそ三十年前…当時の王国府は、ある計画を発動しました。
 それは、後に要塞神殿ビフレストと呼ばれる塔からの、ヴァルハラへの我々人類の訪問…。
 イズルードの東、海底洞窟にある残骸は、そのビフレストの名残です」
「ヴァルハラ…死者が辿り着くと言われている、神の国…まさか、そんな事…」
「そう…普通に考えれば、途方も無い話だと思うでしょう。
 ですが、実際に塔の製作は始まり、計画の第一段階は実行に移されたんです。
 それは現在の聖戦終末論に連なる『千年戦争説』が、研究者により提唱された事にあります」
「初めて聞きました…」
「でしょうね。民間では、あまり知られていない話ですから。
 要するに、様々な過去の文献を調査し紐解くと、この私達の世界は千年という期間を区切りながら、
 何度も何度も破滅と再生を繰り返しているのではないか…という、説です。
 もっとも、我々の言う『聖戦』以前の歴史はほとんど分かっていません。
 ですが、千年や二千年では説明の付かない遺跡や未知の技術もまた、この世に氾濫しているのです。
 例えばですね…『銃』という、武器をご存知ですか?」
「…いえ、知らないです」

問われたロリアがフリーテやクアト、アイネの方を見る。
勿論、全員が首を振って見せた。

「火薬の力で金属製の弾を高速で発射する…という、現在アインブロックで開発中の武器です。
 しかし…東の地、アマツに出現するあるアンデッドは簡素な構造ながらも、それと似た構造をした武器を持っているのです。
 もちろんそれを実際に使っているという訳ではなく、ある種の思念、魔法攻撃なのですが…。
 それでも、あのアマツという辺境国においてでさえ、過去に『銃』を使用していた形跡があるという事ですよ。
 この大陸で開発中の、最新と言われる武器が…です。この事実を、どう考えます?」

しかし、それに答えられる者は居ない。
全員を見回した後、黙って聞いていたオリオールが、ようやく口を開いた。

「…そのような事実を調査するに至り、少なくとも当時の王国府は、千年戦争説を否定出来なくなった。
 だが、確たる証拠や根拠を求めても、その手がかりは少なかった。
 しかし、だ…その時、王国正教会からある情報がもたらされた。
 曰く、天上の神々の代理人、地上代行者が現れた…と」
「うさんくさー」

アイネの声に、オリオールも思わず口元を緩めた。

「そう思うのも無理は無い。
 だが、その神々の地上代行者…モリヤ、と名乗った少年は国王の前で高位の神聖魔法を使いこなし、信を得た。
 そして、彼は王に提言した。
 『この世界と人間の事について、我が主は対話の機会を求めている』…と。
 即ち、千年戦争…かつての聖戦の再来を回避できる知恵を、神から授かるチャンスと考えた国王は、
 巨大な塔の建造を始めたのだ。神の国、ヴァルハラへと赴く為に」
「…実際には、長距離転移魔法を行うための、強大な力場として作用する物だったそうです。
 しかし、神殿は当初予定されていた通りには建造されませんでした。
 神との対話を喜んでいたのは正教会と国王だけで、王国府の重鎮はこの計画に懐疑的でした。
 同時に、本当に存在するかもしれない『神』に怯えたのかもしれませんね…。
 ビフレストは『要塞神殿』と形容されるほど禍々しく武装され、その槍と弓は全て天に向けられていました。
 さらに、ラスト・クルセイドと名付けられた四十人ほどの遠征隊は、いずれも優れた冒険者や騎士が選ばれました」
「それって…話し合いどころじゃない、まるで…」
「…そうですね。誰が企み、どの程度の規模で、何をしようとしていたのかはもはや分かりません。
 はたして、ラスト・クルセイド達は本当にヴァルハラへ赴いたのか…?それすら、今では闇の中です。
 結局、神の怒りの雷と呼ばれる天変地異で、ビフレストは周囲の土地ごと、一日にして崩壊。
 使者に武装した戦士を選んだ事や塔の作りが、神の怒りに触れた…と、正教会は王国府を糾弾しました。
 …あの両陣営の仲が悪く、正教会がクルセイダーなどという私兵を本格組織したのは、これが契機です。
 さて、ここまでが前置きなんですが…」

シルバーは長々と話し続けた為、少し休憩を入れた方が良いかと思い、周囲を見回した。
しかし、誰もが話に聞き入ってくれてるようなので、小さく頷くと、再び口を開いた。

「…シュトラウト卿は、その『ラスト・クルセイド』の生き残りの一人です。
 彼はヴァルハラに至ったとし、その経験談として、ある事を国王に話しました。
 曰く、彼の見たのは神々の記した『預言の書』であり…それには避けることの出来ない、次の『聖戦』が記してあったと。
 そして、来るべき聖戦に向け、あらゆる準備をしなくてはならないと」
「まさか!」
「そ、それを信じたって言うの…!?」

アイネとクアトが、同時に声を荒げた。
分かりやすい反応を、シルバーは手で制しながら、話を続ける。

「もちろん、王国府の中には信じないもの達が大勢居ましたよ。
 正教会でも、シュトラウト卿は神の意を騙る叛逆者である…という論調が大きかったですし。
 ただ…あの天変地異を目の当たりにした以上、当時は『神』の脅威に誰もが恐れてましたし、
 千年戦争説もあって、とにかく破滅から逃れる為には、藁をもすがりたい一心だったんでしょうね。
 そんな中、シュトラウト卿の『かつての聖戦の英雄、その紋章と所持者を集める』という提言は、
 ダメで元々…やってみる価値はあると、踏んだんでしょう」
「紋章と…所持者…?」
「彼曰く、神々の知恵を授かる機会が失われた以上、もはや次の聖戦は避けられない。
 しかし…紋章には神々の与えた大いなる力があり、これを用いて戦いに望めば、
 千年前と同じように、魔との戦いに勝利できる…ということです。
 その為に、紋章と所持者を探索し、軍団を組織する権限が彼に与えられました。
 …しかし、その目的は誰も知らないうちに静かに姿を変えていったのです」
「と、言うと…?」
「紋章とその所持者…つまりこの場合、英雄の血筋という事が多いのですが、
 シュトラウト卿が集めた紋章は全て、かつての英雄とは血の繋がらない者が所持しているのです。
 これが何を意味するのか、今は分かりません…しかも、ロリアーリュが所持しているそれのように、
 不完全な状態ではなく、エンペリウムが活動状態であるのです。
 これは、彼が紋章の扱いについて、何か独自の情報を持っているとしか考えられないのですが…。
 それはともかく、彼は紋章所持者を支援して、冒険者ギルドを次々と設立させました。
 聖戦時には王国に従属して戦う、いわば聖戦での『人類軍先鋒』として…」
「砦を保持し、戦力増強に努める彼らを、我々は「エクシード」と呼称している。
 …当初は、単に紋章と所持者を集めるだけの一機関の長だったシュトラウトが、
 周囲が気付かぬ間に王国騎士団アルビオン団長に納まり、紋章を集める為の暗躍までしている。
 この動きに危機感を覚えた王国府のハーペンス総督は、アルビオンの牽制とその行動の調査を行うため、
 自身の信用できる王国騎士団員と冒険者達を集めた…それが、私やシルバーだ」

欠伸をしているメモクラム以外の全員が、面食らった顔のまま固まっていた。
あまりに唐突、長々と語り過ぎてしまったかな、とシルバーはバツの悪そうな顔をしたが、
いずれは話さなければならない事だと、オリオールは息をついた。

「あ、あの、質問」
「何ですか、クアト?」
「その…アルビオンが、私を襲ったみたいに非常識なやり方をしてて危険だってのは分かるけど、
 基本的には王国の為に、起きるかもしれない聖戦に向けて戦力を備えている…って事でしょ?
 総督さんが問題視してるって点が、ちょっと良く分からないんだけど…」
「なるほど、いい質問ですね」

シルバーはにこにこと笑顔で、頷いた。

「問題は…紋章の発見とエクシードの再建が、全てシュトラウト卿主導で行なわれている事です。
 その上で、総督の懸念点は次の三つに分けられます。
 …まず、アルビオンには紋章捜索を隠れ蓑にした別の顔があるのではないか。
 これは当初、クーデター計画や軍閥併合などの可能性がありましたが、調査の結果、現在はほぼ否定されています。
 …そして、アルビオンの紋章捜索が非合法手段で行なわれている可能性。
 既にクアトさん自身が御存知ですね。王国騎士団そのものの信用問題に関わってきています。
 …最後に、アルビオンが組織したエクシード達が、王国に従う事の懐疑性…です。
 これが最も厄介かつ大きな問題で、元々無頼の冒険者である彼らはシュトラウト卿個人に従いはするものの、
 王国、ひいては国王に従う意思は無いのではないか…という事です。
 もし、そういう形で軍閥を構成するのが目的だとしたら、エクシード達自体がシュトラウト卿の私兵であり、
 その総戦力は現時点でも、他の王国騎士団二連隊に匹敵する規模になります。
 そして…仮に聖戦が起き、彼らがその先鋒を務めて勝利したとして、誰がその栄光を独り占めにするか…です」
「…あ!そ、そゆことか…!」
「無論、全ては仮定ですが…王国騎士団アルビオンは、卿が二十年掛けて鍛え上げた組織です。
 内部の情報管制や将官・兵士の結束も固く、外部からの調査は困難と言えるでしょう。
 表向きには治安維持や魔物狩りにも成果を上げているので、国王の信任も厚い、と。
 まあ、ここまで手を出せなくなるまで放置した、王国府や他王国騎士団も問題ですが…。
 それでも遅まきながら、あの組織の暗部にメスを入れようと、我々が動いている訳なのです」
「でも、それって…」

今度は、フリーテが顔を上げた。

「要するに、王国内での一騎士団と、王国府の内部抗争じゃないですか。
 神とか聖戦とかが、シュトラウト卿の狂言じゃないって証明できない以上、
 王国府はアルビオンを吊るし上げて、その権利を奪いたいだけとも取れます。
 手に入れた紋章の数争いで、勝った方が次の戦争で英雄になる…?
 そんな数合わせの権力争いなら、私たちが巻き込まれるのはごめんです」

フリーテは、今までのシルバーやオリオールの言葉に嘘があったとは思っていない。
特に…共に厳しい戦いをくぐり抜けてきたオリオールの、今までの行動を信じたいし、信じている。
しかし、それでもここは問わなければならない。
彼らの信条に、ロリアと共に従うのは是か、否か。
これは今後の冒険者生活を左右する、大きな分岐点だと、フリーテは感じていた。

「ふむ…なかなか、良い所を突きますね…」

それまで、流れるように言葉を出し続けたシルバーの口が、への字に曲がった。

「確かに…ハーペンス提督には、シュトラウト卿への対抗心があるでしょう。
 そして、私やオリオール、他の協力者達にも、それぞれの事情があります。
 義理、個人的怨恨、世界への憂い、金銭目的、正義感…これらを全て信じろとは、さすがの私でも言えません。
 ただ…もしこのままアルビオンを野放しにすれば、近年中に必ず王国内で、要らぬ血が流れるでしょう。
 その時に何の罪も無い人々が、命を失うかもしれません。
 そして今、彼らの暗躍を察知し、妨害し、対抗し得る存在は我々のみ…というのが、現実です」

シルバーの言うとおり、アルビオンの動きが危険なのは、皆理解している。
クアトが襲われたという一件のみを理由にしても、その対抗勢力に加担するに不足は無いというものだ。
さらに、シュトラウトの力にはならないという意味を込めた『アズライト・フォーチュン』の旗を、既にロリアは掲げている。

「それで、シルバーさんやオリオールさん…その、あなた方は、私にどうして欲しいのですか?」

敵の敵は味方、とも言う。
既に、オリオールという力に助けられて、今ここに至っている以上、
彼の所属する組織…正確に言えば、ハーペンス提督揮下に入るのも成り行きというものかもしれない。
そう、感じながらのロリアの問いだったが、シルバーは微笑みながら肩をすくめた。

「いえ…どうして欲しいなどという要求は、ありません。
 ただ、彼らの動きが活発化してくる以上、状況を知る必要と資格がある皆さんに話したまでです。
 無論、ハーペンス提督はあなたに是非とも馳せ参じて欲しいでしょうけど、ね。
 私達の方針としては、皆さんを束縛したり、強制するつもりは無いのです」

意外な言葉に、ロリアはもちろん、フリーテやクアトも目を丸くした。
てっきり、彼女らの仲間になれと、誘われるものと思っていたからだ。

「以前にも、言った事があるだろう。
 これは君たちの旅だと…そして、紋章さえ君と共にあれば、それ以上は望まないと。
 英雄の資格のある者を囲って、手駒のように扱ってしまえば、我々はシュトラウトと同類だ。
 そして、何より自由な冒険者である、君達の意志を尊重したいと思っている」

今まで共に旅をしてきたオリオールの言葉は、信じるに値する強さを持って発せられた。

「もちろん、保護…という形で皆さんが我々の組織にいらっしゃるのならば、それは歓迎します。
 アズライト・フォーチュンを守る事を考えれば、一番の選択肢ですし。
 何よりハーペンス提督が喜んで、活動資金を増やしてくれれば有り難いですね。
 私も大好きなサベカツを毎晩食べられる、というものですし」

どちらかというと美人系で、しかも神秘さすら漂わせるシルバーの口から、
サベカツ…サベージ肉の揚げカツ、なんて食べ物が出てきた事に、アイネはつい吹きそうになった。
メモクラムはそんなものを毎晩食べても、あのスタイルは維持されるものなのだろうか…と、詮無い想像を巡らせた。

ロリアには、迷いが生じていた。
無論、これが自分の旅であり、紋章との関わり…その意味を、自分自身で解き明かしたい思いがある。
しかし、仲間の事を最優先に考えれば、その組織に今後を委ねるという選択肢もありなのではないか。
オリオールやシルバー並の冒険者達が守ってくれるなら、もうクアトやフリーテを、あんな目に合わせる事は無い。
アイネやメモクラムの安全も、保証されるだろう。

「…まあ、何も焦る必要はありません。
 先の質問の逆になりますが…ロリアーリュ、あなたが何をしたいのか…です」

シルバーの問いかけは、ロリアの心をくるくると回り、着地点を見出せずにいた。


いつも以上に大きく輝く月を、ロリアはじっと見詰めていた。
ここ、ジュノーが天空の都市とは言え、こうも大きく見えるとは驚きだった。
しかし、砂と風の街では虫の声すらしないのが、少し寂しく思える。
その代わりか、隣で眠るアイネの寝息だけが静寂の中で、かすかに聴覚を刺激した。

「…眠れないんですか?」

フリーテが、ベッドからゆっくりと上体を起こす。

「うん…何か、ふかふかすぎて身体に合わないっていうか…」
「あはっ、私もです。
 ここ最近はずっと、土の上や樹の傍で毛布一枚でしたしね…」
「ん…すっかり、冒険者になっちゃったよね、私たち」

ロリアは微笑んだが、フリーテにはどこか無理しているように感じた。

「どうしたんですか…?私が受け止められる悩みなら良いんですけど」
「あは…ふーちゃんにはお見通しかぁ」

ロリアは嬉しそうにそう言うと、また窓の外に視線を移す。
雲の無い空に眩く月が光り、街を金色に染める…幻想的な夜景は、見飽きる事が無い。

「ふーちゃん…私、どうしたらいいのかな。
 あんな話を聞いて、それでも自分の思うように…って、それでいいのかなって。
 私はもっと、自分の…私達の状況を、現実的に考えなきゃいけないのかな…?」

フリーテは、ロリアが自分たち…仲間の事を懸念していると、すぐに理解した。
ここ最近、ジュノーに至るまでの旅は大きな危険も無く進んだが、
フェイヨン森に、海底洞窟、地下水道…苦戦の記憶は、いつまでも生々しい。
やがてまた、誰かが傷つくかもしれない。それは、死に直結するかもしれない…。
そういう事態を招くことは、ロリアにとっては自身の危険より恐ろしく思えるのだ。
彼女はそういう娘なのだと、フリーテは知っていた。

「私には、分かりません。
 ただ…ろりあんと一緒に、どこへでも行くだけですから。
 難しい事を考えなくていい分、気楽です。申し訳ないですけど、ね」
「本当だよ」

ロリアは可笑しそうに笑い、フリーテも笑った。
こんな風に二人きりで、内緒話のように声を交し合ったのは、何時振りだろうとロリアは思う。

「もし…その紋章が重荷になるなら、いっそ捨ててしまえばいいじゃないですか。
 誰にも見つからない、深い深い地の底か、海にでも投げてしまえばいいんです」
「…そう、かもね。
 そう思うと、ちょっと気が楽になるかな…」

フリーテの言葉に、ロリアが頷きかけた時。
窓の下、月光を反射する白い街路から、不意に声が聞こえた。
…二、三人といった所だろうか、騒がしい声を交え、こちらの方へと近づいてくる様子だ。

「…なんだろう?」

ロリアは窓のへりに膝を乗せて、顔をくっつけて外を見る。
砂の侵入を防ぐジュノーの建物ならではの構造か、殆どの窓は開閉できない作りになっていた。
見ると、そのうち数人はジュノーの街門に立つ衛兵らしかった。
彼らは何かを持って…そう、あれは担架だと、ロリアは気付いた。
どうやら、二人の人物が担架で運ばれているようだとはっきり確認すると同時に、
ホテルのドアが激しく叩かれている振動を感じ、フリーテと顔を見合わせた。

「ちょっと、見てくるね」
「あ、私も行きます」

ただならぬ空気を感じ、ロリアとフリーテは手早く服を着始める。

「…んぁ?なに?二人とも…もう朝ぁ…?」

だらしなく下着を露出したアイネが、布団の上で悶える。
そんな彼女の頭を優しく撫でて、ロリアは足音を立てないよう、部屋のドアを開けた。


「あれ、オリオールさんにシルバーさん?」
「君達も起きて来たのか」

ロリアとフリーテが廊下に出ると、オリオールとシルバーが廊下に居た。
オリオールは就寝姿の軽装だったが、相変わらず顔の仮面は付けたままだった。
しかし、シルバーは会った時と同じ銀糸の服に外套、手袋すら外していない完全武装のままである。
何処かに行くつもりだったのだろうか…とフリーテは思ったが、聞くのもどうかと感じ、黙っていた。

「外が騒がしかったので、私達様子を見ようと」
「うむ、何か起きているのかもしれないな。下に行ってみよう」

オリオールが先に立って、廊下を歩き始める。
シルバーがお先にどうぞ…と、うやうやしく手を差し出したので、ロリア、次いでフリーテも歩き出した。
階下から大きな声こそしなかったが、何か慌しい空気が流れているのを、全員が感じた。

「これは…」

一階、宿のロビーへと来た所で、オリオールは低い声を上げた。
ロリアとフリーテも、嗅ぎ慣れた臭いに眉をひそめ、口を強く結ぶ。
そこには、二人の冒険者が並んで倒れていた。
一人はロリアやフリーテと、同じような年頃であろう少女…服装からして、恐らく剣士だろう。
しかし、武器も無く、防具もほとんどが失われており、肩口の真っ黒な出血跡が目立つ。
うつぶせになっていて顔は分からなかったが、ぴくりとも動かない。
もう一人は…彼女らより少し年上の男性だが、ぼろぼろの服と、血と泥と砂にまみれた格好で、
男性であるという以外に、職業などを推し量る事のできない有様だった。
こちらもぐったりと身を横たえ、意識を失っているようだった。

「ちょうど良かった!今、あんたたちを呼ぼうと思ってたんだよ」

宿の女将が緊張した面持ちで、ロリア達に駆け寄った。

「見ての通りさ。そっちの娘も、まだかろうじて息がある。
 あんた達の仲間に、アコライトが居ただろう?なんとか助けてあげておくれよ」
「…私、アイネちゃんを呼んできます!」

話を聞くや、フリーテが慌てて降りてきたばかりの階段を駆け上がった。

「しかし女将、何故ここに冒険者を…?
 通常なら、守備隊なり冒険者ギルドにでも引き渡すのが道理だが…」

オリオールの言葉に、彼らを運んできたうちの一人と思われる、初老の男性が顔を上げた。

「ああ、それなんだが…わしが店を閉めて家に帰ろうとしたら、ちょうど街の入り口で守備兵達が、
 この二人を保護した所でな。運ぼうとしたら、男の方がこんなものを突きつけてな…」

そう言って、差し出した紙片をオリオールは受け取る。
何も口に出さなかったが、その硬直が驚きである事を、ロリアは感じて取れた。

「そこに写ってるうちの二人…昼間、ウチの店に来た娘たちだって分かってな。
 んで、この男が『この街に、ロリアーリュが居るはずだ』って、呟くからのう。
 この街で、冒険者が泊まるとすれば、この宿しか無いはずだろうし、
 もし知り合いなら、仲間に引き渡した方が良いかと思ってな」

オリオールから紙片を渡され、ロリアはそれを見て目を丸くした。
それは広報に掲載された、地下水道でのMVP記念の、あのイズルードの宿での集合写真である。

「君の名を知っているようだが…彼らは、知り合いなのだろうか?」

オリオールの質問に、ロリアは首を振った。
訓練所時代、さらにはフェイヨンでの生活の頃まで記憶を掘り下げてみたが、やはり見覚えの無い二人だ。

「詮索は後にしましょう…二人とも酷い怪我です。特に、剣士のお嬢さんの方は危険な状態ですね。
 まずは、空いてる部屋のベッドに運びましょう。皆さん手伝ってください…女将さんは、お湯を」
「ああ、今沸かしてるよ」

シルバーの声に、二人を運んできた男たちが動きだす。

「我々も手伝おう」

そう言うオリオールに頷き、ロリアも剣士の少女に駆け寄った。
フリーテに手を引かれた眠そうなアイネと、騒ぎに起きて来たクアトが姿を現す。
誰もが、長い夜になりそうだと感じていた。


翌日、昼過ぎ。
ベッドで眠る剣士の少女、そして職業不明の男の顔色に生気が戻っているのを見て、クアトは肩をすくめた。

「いやぁ…改めて、なんて言うか、魔法って凄よいねぇ…」
「本当ですね」

頷きながら、フリーテは微笑む。
昨夜は結局、全員が二人の介抱に当たっていた。
あの他人に興味が無いメモクラムですら、クアトに強制的に起こされ、手伝いをしていたのだ。
起こされた時は仏頂面で不機嫌だったが、結局最後まで付き合ってくれた。

介抱の中心は治癒魔法の使えるアイネとしても、傷の治療には細心の注意が必要だった。
泥や砂で汚れたままの傷をそのまま魔法で塞いでしまえば、後々悪化したり、後遺症を生じる可能性がある。
そこで、まずは全員総出で傷を洗い、消毒する作業をかかりきりで行なわなければならなかった。
剣士の娘の方は肩に深手を負いつつも、他には細かい傷だけで、治療はまだ楽だったのだが、
男の方は全身にくまなく傷を作っている上に、足に至っては骨折までしており、
さすがに魔法の力で即完治とはいかない状況だった。
アイネは聖職者として、最大限の努力を遂行し、今は部屋の隅にある椅子で眠りこけている。
ロリアとメモクラムも一旦部屋に戻り、ベッドに飛び込んでそのまま夢の世界へ。
オリオールとシルバーはさすがと言うか、疲れた様子ひとつ見せずに薬の買出しに出掛けた。

「魔法も…ですけど、やっぱりアイネちゃんの頑張りが凄かったです」
「うん、それは勿論だよ。伊達にアコライトじゃなかったんだねぇ。
 鈍器振り回す変り種だと思ってたけど、ちょっと見直したね!」

酷い言い様だ、と思いながらもフリーテは苦笑いした。
と、その時…剣士の少女が身じろぎし、薄く、目を開いた。

「おっ、お目覚めはお姫様が先だったかっ」

クアトとフリーテが駆け寄ると、少女は瞳だけを動かして、二人を交互に見た。

「…こ、ここは…?私…どうして…?」
「落ち着いて、安心してください。ここはジュノーの冒険者宿です」
「…ジュノー…?」

そう呟いて、少女ははっと気付いた顔になる。
慌てて身を起こそうとするが…失った血と体力のせいで、満足に身体を動かせなかった。
かろうじて持ち上がった頭を、クアトが支える。

「わ、私…魔物に、やられて…もうだめだ、って思ったのに…」
「あ、傷口に触らないで下さい。まだ塞いだばかりですから」

肩に手をやろうとした少女の手を、フリーテがそっと制する。

「か…カーシュさん、カーシュさんは…何処ですか?」
「カーシュ…?」
「い、一緒に旅をしていた…ウィザードの…」
「あー、あの人かな?」

クアトが少女を支えながら、ゆっくりと上半身を起こす手助けをする。
そして、対面のベッド指差した。
頭部に包帯を巻いた痛々しい姿ながらも、静かな寝息を立てる男を見て、少女は深い息を吐いた。
そして、いつのまにか瞳いっぱいに湧き出した涙が、ぼろぼろと零れ出す。

(…そうか、あの人が、守ってくれたんだ)

もし、自分一人だったら…間違いなく、命を失っていただろうと実感する。
彼が意識の無い自分を連れて、このジュノーまでどんな行程を進んできたのか…少女には想像もつかなかった。

「…よかっ…た…、カーシュ…さん、生きてて…私、の為に…ごめんな…さい…」

後は、もう意味を成さない泣き声だけが、部屋に静かに流れていく。
クアトとフリーテは微笑を浮かべて、顔を見合わせた。

「さあ、もう少し休んでください…詳しい話は、後で構いませんから」

フリーテに促され、再びベッドに身を横たえる。
少女は、自分の心も身体も、疲れ果てているのが分かった。
気を緩めれば、すぐにでも意識は飛んでいきそうな感覚。
薄れる思考の中で記憶を辿れば…ただ、肩を破壊される感覚と、自分の血の温さ。
そして、怒りの形相で駆け寄るカーシュの顔。

(カーシュさん…守ってくれて…ありがとう)

次に目が覚めた時には、言葉にして伝えなければ。
そう思いながら、ユーニスはまた、深い眠りへと落ちていった。







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